日本の夏はとてもメランコリックだと思っています。

外国の友人に『どんな時にメランコリーを感じる?』と尋ねると

その多くはクリスマスであったり誕生日であったり

特定の事由が挙がりますが

日本人の私としては『夏』という季節そのものがそうです。

 

たぶん『夏休み』という、子供の頃の懐かしい記憶とあいまって

そう感じるのだろうと思います。

ふと気づいたのですが、夏という季節がメランコリックなのではなく

過ぎた夏を想わせる『秋』という季節こそが

メランコリックなのかもしれません。

 

今日は、肌を刺す日差しに夏を思い返しました。

それでも通り過ぎる風には秋の爽やかさを感じます。

それらが矛盾しつつ共存する秋の陽気という

コンプレクシティーがそう感じさせるのかもしれません。

 

自分という人間が秋に差し掛かったということか?

などと

感傷的に想ったりもします。

 

不惑、天命、全く縁遠いのですが

少しは大人になった気がします。

 

 

 

十人十色を容認する鷹揚さ

 

 

問題にも大きき動揺を覚えません

 

 

 

亡くしてしまった想い人あり

 

 

 

穏やかな情熱

 

 

 

有終の美を知る

 

明日は、すべての人に必ず訪れるものではありません。

明日を迎えることのできる喜びを噛み締めつつ

また来る夏を無事に迎えることができること祈ります。

Hoping lucky enough to make it to next summer!

 

ロマンチックな振りもできる大人になったと一人悦に入っています。

 

そろそろフジコさんのピアノをじっくり聴きたくなりました。

ラ・カンパネルラや革命も好きなんですが・・・

 

 

 

それでは、大人な秋の宵をお過ごしください。

Have a graceful evening .