先日、私の送別会がありました。
時間を置いた今、皆が私をどの様に思っているかが、形となって分かったような気がしました。
参加人数が、全体の2/3から、最終的に1/2に減ったこと、
仕事で忙しかったのではなく、数名、話に夢中になったため遅刻してきたこと、
終始、私のことには触れることなく、フツウの雑談で終わったこと、
これらは、私が、あくまで仕事上でですが、人を信用していない結果で、
私が招いたことだから、
寂しいけれど、仕方がない
そう思います。
完全に信用していない訳ではなくて、
仕事でいい加減なことをしているのを見るのが嫌なだけ。
でも、私が、人を信用出来るようにならないと、何処へ行っても何も変わらないのだと思います。
それにしも、私は、今まで何のために頑張ってきたんだろう・・・。
きっと、私の拘りの強いところが、皆には(特にうちみたいに、ふわっとした会社には)、迷惑だったと思います。
エラー検出とか、対価が支払われている以上、会社としては害がないことをしているだけで、
それが、人よりも少し突出しているだけだったり、
殆ど取得していない有給を、全部流すことに決めたのも、後任を育てるためで、
すごく疲れてるのにも、最近まで気づかなくて、
本音は1日で良いから休みたいのに、
笑顔で「排水口に流しますぅ(笑)」とか、
「(取得するの)諦めました」とか、
「有給は、労働者が行使できる権利であって、取得義務はないから、取得しないことに問題は発生しない」とか。
嘘ばっかり。
少し話は変わりますが、
最近思ったことですが、ゲーム理論系の問題だったかどうか、あやふやですが、
労働者は、雇用者が見ていない時はサボって、あたかも仕事をしたのと同じだけの対価を得ようとし、
雇用者は、労働者が仕事をサボっていないかどうかを見に行くか行かないか、お互い駆け引きをするみたいな問題で、
これって、
人は、少しでも楽したいと思う
という大前提があるということで、
私には少し理解しにくい世界です。
学力が足りなくて、努力しても出来ないというなら理解できるけど、
出来ることなのに、100%力を出しきらないって、気持ち悪くないのかな・・・。
でも、100%でなくても、それで良いと思えるようになると、それが、
信用とか信頼に繋がるのかな・・・。
それなら、送別会のことも、私自身のことも含めて悪く捉えることも無いんだと思います。
たぶん、これから先も、私自身がサボることは、私自身が理解出来ないと思いますが、
他者が、周りの環境が、100%でないことを理解することで、少しでも信頼に繋げていけるなら、そうしたいと思います。
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