内面的な人間関係の相関図を意識する | アダルトチルドレン~いつか本当に籠の外へ~

アダルトチルドレン~いつか本当に籠の外へ~

アダルトチルドレンになるまで、そしてアダルトチルドレンがゆえに生き辛いと思ってきたこと、
今がんばっていること、できるようになったことをたくさん書いていこうと思います。

☆アダルトチルドレンの思い出☆

幼児期に、子供たちと遊びを通して、

自分は、この人について行った方が良いようだ

という感覚を養えるそうだ

というのを、昨日、カウンセリングの課題の中で聞いた。

所謂、それが社会性の中の一つだ、という概念は分かるが。

自分は、これについては、欠けていると思うし、

この話を聞く前から、自分に欠けているという自覚もあったし、

何故欠けているかの理由も分かっていた。

何となく、そういうことが、生き延びていくためには必要であることも分かるが、

実際には、そうできない自分がいる。

それは、たぶん、その人について行けば、

どんなメリットがあるか?が分からない

からだと思う。

むしろ、無闇に人と接することは、自分にとってはマイナスでしかないからだ。

人は誰でも間違うし、矛盾もあって当たり前なのだろうけど、

相手の言動が、正しくなかったり、矛盾していたりすると、

表面上は、職位や社歴を弁えて行動するものの、

この人について行こうという気持ちにはなれない。

それどころか、間違いや矛盾に対して、攻撃的になってしまう。

自分が社会人になるまでのことを考えると、

母から自分の行動を監視されたり、

母の価値観で行動することを強いられたり、

同級生たちに馬鹿にされないように虚勢を張ったり、

周りは、全て敵だった。

よく、カウンセラーの先生は、

全体的に見て、その人をどう思うか?

と聞かれるが、

この時、こういう間違いがあったから、

この時、こういう矛盾があったから、

だから、一緒にいたいとは思わない

そういう思考にしかならない。

例え、職位が上だろうが、社歴が長かろうが、

振り回されたくない

それが全てなのだと思う。

でも、何かを成すにあたっては、人と関わりを持った方が、より創造的になれるという理屈は分かるし、

大きなことを成し遂げるには、より大きな集団が必要なことも分かる。

そのためには、誰かを支持するのは必要なことなのだろう。

今年の目標に、

・人間関係の相関図を意識する

を掲げたが、

職位など表面的なことだけでなく、

力関係のような、内側の相関図を意識することが、本当に自分には出来るだろうか?