☆アダルトチルドレンの思い出☆
昔、「ネル」という映画を本で読んだことがあります。
幼い頃から閉ざされた世界で、言葉も満足に話せず、社会常識も知らずに育った女性が主人公のお話です。
その時は、アマラとカマラ程ではないにしても、似たような感じを受け、興味を持ちました。
しかし、今からして思えば、潜在的に自分の境遇と重ねていたのかも知れません。
母の偏った価値観の植え付け
母の考えがいつも正しく
周囲には非常識な人が溢れており
一歩外へ出れば、危険な男性がいっぱい
同級生から、社会からの隔離
母自身、不遇な家庭環境により、自らその環境を脱出する術を考えることが出来なくなっていたので、母の歪んだ価値観は、そこから生まれたように思う
最近、自分がいかに一般的なものの見方が欠如しているかを、痛感することが多くなった。
自分の身に起こる辛いことは、殆どが、それが欠如しているからなんだと思う。
皆には当たり前のことが、知らないから出来ない。
なぜなら、一般的なことは、世の中と接触しなければ、得ることが出来ないのだから。
知らないことは、悪いことではない。
しかし、たいていの人が理解していることを知らなければ、嘲笑を受けたり、相手を不愉快にさせたり、騙されたりすることが多い。
一般的なことが分からない自分
一般的なことが出来ない自分
ストレスに感じる周囲の反応が、全てそこに起因していると気づいた今、それが新たなストレスになる
今からでも、間に合うのだろうか。
皆が普通に知っていることを、感覚を身に付けることが出来るだろうか?
結局、ネルは、文化的な生活を望まず、自分が育った場所へ帰った・・・となったと思います。
彼女の場合は、あまりにそのギャップが大きすぎたので、心のバランスを保つためには、それが一番良い方法だったのかも知れません。
新たな考察が出来るかも知れないので、今一度、あの作品を読んでみたいです。
確か、最後は、ネルの元に静かに人々が寄り添っていた記憶があります。
そんな風に、ゆっくりとでも、皆に、皆の感覚に近づきたいです。