☆アダルトチルドレンの気付き☆
昨日、ろろみぃは、大阪の国立国際美術館で開催されている、『エル・グレコ展』に行きました。
この画家の作品は、以前、倉敷の大原美術館で観たことがあり、聖母マリアの描かれた絵がきれいで、とても印象的でした。
今回は、その画家の作品ばかりが集められていると知り、見に行くことにしました。
ろろみぃは、美術は苦手だし、何かを感じる感覚も人とズレているので、的外れなことを書きそうで嫌なのですが、取り敢えず、思ったことを書きます。
展示会場の流れとしては、たくさんの肖像画に始まり、次第にキリスト教の世界を描いたもの、そして、今回の超目玉へと移ります。
肖像画に関して、まず始めにすごいと思ったところは、自画像のエル・グレコが、まるでこの場に居ると錯覚してしまうほど、鼻や耳が立体的に見えたことです。
また、他の肖像画では、白貂のファーの毛、高貴な人の羽織るマントの赤や金の繊維の一本一本が、とても緻密に描かれていることに、たいへん驚きました。
キリスト教の世界を描いた作品では、人物の顔の描き方に注目し、皺の刻まれている人物は、実際にいる人物がモデルなのではないだろうか?と思いました。
今回の超目玉作品『無原罪のお宿り』については、まずは絵の大きさに圧倒されました。
解説で、「揺らめく炎のように」とあったのは、人物の体の向きや、例えば衣装のフレアのラインが、キャンバスの上方へ視線が向くように、その流れの一部になって描かれていることを言っているのだと気付きました。
この絵からは、まだまだ受け取れていない情報がたくさんある気がして、いつまでも眺めていたい気持ちになりました。
この作品展の中で、ハッと気づかされた作品は、キリストの生誕を、祝福している場面を描いた作品です。
その作品は、「空間は、壁のような面が作り出すものではなく、人の集まりが作り出すものだ」と言っているように感じました。
もし、この左上の隅に居る人が描かれていなかったら、とても小さくて狭い空間に感じるかもしれないなと思いました。
この絵からは、何か丸くて温かみのあるものを感じました。
そこで、ふと、これは現実世界においても、同じことが言えるのではないかと思いました。
私たちは三次元の世界に暮らしているけれど、その世界の心地よさを作り出しているのは、家や部屋の壁などの「面」ではなく、「人の集合、及び、そこで繰り広げられる語らい」なのではないかと思います。
ろろみぃも、そんな心地よい空間の一部になれるような、人との会話が上手に出来るようになりたいなと思いました。