御茶ノ水駅の、改札口の出口を間違えたようで、改札出て周り見ても、分からない。
近くに居た、若い女の人に聞くと、「左に行って…」と、送って来てくれた。
地図を見て「今ここに今居るから…」なんか説明が、不安…
「私かなりの、方向音痴だから、簡単な行き方を教えて」と、お願い すると、
別の人が「右に行けば、もうひとつの、改札口に出ますから、そこからすぐですよ」と、行ってみる。
曲がって、すぐ目の前に有るじゃない。
…左に行ったら、どこに、着いただろうか?
もしかしたら、あの子も私と同類?
方向音痴だったかな?
時間が、有りすぎだから、カフェ探し始めました。
けれど、御茶ノ水駅前て凄い~楽器屋さんが、いっぱい有る…
つくづくギター弾けたら格好いいなあ~。
お腹が早く食べ物を~とねだって鳴いている。
交差点を渡って、楽器屋の前を、少し行くとレストランが二階に有る、お店「Delifranceベーカリ」が有ったので、そこに決めました。
来る途中にも、喫茶店も有ったのですが、閉まっていました。
大好きなパン、どれも美味しそう悩んで、豆たっぷり入ったパンに、ホット・カフェラテを、頼みました。
初めは、ちぎって食べていましたが、豆が落ちそうと思い、かぶりつきました。
これが一番。
まだ時間があるし、お腹を温めたくて、「クラムチャウダー」を、頼みました。
上が、レストランやっているだけあって、具もきちんと入っていて、美味しかった。
食べている時に、レジでお金を落としても、気が付かない方が、居たから教えたら、後ろの人だったみたいで、「私が前の方ですよ」と、言ってしまったから、拾って行ったけれど、どうやら違っていたみたい…
後ろの方、すみませんでした。
食べ終わって、会場に向かう時に、信号待ちしていると、反対側の女の人、小銭を落としている。
拾った筈なのに、渡っている途中でまた…落としている…御茶ノ水は、小銭の落ちる街?
病院の前で、地図を見ながら、会場確認していたら、「小倉先生の、追悼講演会に行かれるの?一緒に行きましょう」と、声を掛けて頂き、迷わず会場入りが出来ました。
有り難うございました。
(帰りは、出口分からず、エレベーターで一緒になった方と、守衛の人に聞いちゃいました。)
受付を済ませて、中に入り浜中先生に、場所変更の電話を頂いた、お礼を伝えて、席に着く。
埼玉医科大学腫瘍内科教授の「佐々木 康綱先生」の「ドラッグ・ラグ」 について、お話して下さった。
ドラッグ・ラグは和製英語で、他の国では通じないと、言うことです。
内容は、難し過ぎてきちんと、説明できません。
自分はトリプルネガティブの、乳ガンだから、色々考えてしまった。
先生が、話した中のひとつに、治験を言わない病院で、自分から治験を求めても、その病院では、治験の資料も無いはず、きちんと資料・医師側から言われて行った方が、良いと。
そしたら、会場の1人のご婦人「もし何か有ったら、佐々木先生のところに、行きますので、宜しくお願いいたします。」と、言っていた。
何か有ったら…辛い言葉。
何も、有りませんように。
休憩挟んで、小倉先生の思い出話。
お友達、医師仲間の方の話を聞いていると、病気が、先生を強くさせたのかな?。
でも、ふっとした時に、泣かれた事も、有ったとか…みんな強い訳じゃないよね。
お友達が、仰っていた小倉先生の言葉で、「①外を知る事が大切(家にばかり居ないで出掛けましょうて、事かな?)・②今日と同じ日が、明日も来るとは、限らない1日1日を…大切に(だったかな?最後がすみません。はっきりしない)」
あと、お父様が小倉先生にしてあげた事、医師として最後まで、患者を診ていて、辛い体を休めてあげたいと、思ってご家族で、考えてあげた事。
①栄養を、取らせる。
②好きな事が、出来る体制を整えてあげる。
③信頼できる、何でも頼める、頼みやすい人が、側に居てあげる。
①は食べられる物、とにかく栄養つけさせたいと、食事を考えてあげたそうです。
②家に帰って来て、テレビ観たいと思えば、すぐ観る事が出来る、と体力使わずに、自分のしたい事が、動かず出来る体制を、作ってあげる。
③頼みやすい人が、傍にいることが、小倉先生には妹さん(ご自身の?お父様の?ちょっとはっきりしませんが)が、傍に付いていて、あげたそうです。
壁に張って有った写真の中に、絵門さんとの写真も、有りました。
テレビで闘病中の、絵門さんを見たことが、有ります。
講演会では、明るく話されていても、車の中楽屋裏では、辛そうに横になっていた、姿を思い出します。
小倉先生も、そうだったのでしょうね。
一度お会いした時も、優しく笑顔で、話をしてくれました。
今一度、
小倉恒子先生の、ご冥福を、お祈りします。
笑顔と、勇気・優しさを、有り難うございました。
近くに居た、若い女の人に聞くと、「左に行って…」と、送って来てくれた。
地図を見て「今ここに今居るから…」なんか説明が、不安…
「私かなりの、方向音痴だから、簡単な行き方を教えて」と、お願い すると、
別の人が「右に行けば、もうひとつの、改札口に出ますから、そこからすぐですよ」と、行ってみる。
曲がって、すぐ目の前に有るじゃない。
…左に行ったら、どこに、着いただろうか?
もしかしたら、あの子も私と同類?
方向音痴だったかな?
時間が、有りすぎだから、カフェ探し始めました。
けれど、御茶ノ水駅前て凄い~楽器屋さんが、いっぱい有る…
つくづくギター弾けたら格好いいなあ~。
お腹が早く食べ物を~とねだって鳴いている。
交差点を渡って、楽器屋の前を、少し行くとレストランが二階に有る、お店「Delifranceベーカリ」が有ったので、そこに決めました。
来る途中にも、喫茶店も有ったのですが、閉まっていました。
大好きなパン、どれも美味しそう悩んで、豆たっぷり入ったパンに、ホット・カフェラテを、頼みました。
初めは、ちぎって食べていましたが、豆が落ちそうと思い、かぶりつきました。
これが一番。
まだ時間があるし、お腹を温めたくて、「クラムチャウダー」を、頼みました。
上が、レストランやっているだけあって、具もきちんと入っていて、美味しかった。
食べている時に、レジでお金を落としても、気が付かない方が、居たから教えたら、後ろの人だったみたいで、「私が前の方ですよ」と、言ってしまったから、拾って行ったけれど、どうやら違っていたみたい…
後ろの方、すみませんでした。
食べ終わって、会場に向かう時に、信号待ちしていると、反対側の女の人、小銭を落としている。
拾った筈なのに、渡っている途中でまた…落としている…御茶ノ水は、小銭の落ちる街?
病院の前で、地図を見ながら、会場確認していたら、「小倉先生の、追悼講演会に行かれるの?一緒に行きましょう」と、声を掛けて頂き、迷わず会場入りが出来ました。
有り難うございました。
(帰りは、出口分からず、エレベーターで一緒になった方と、守衛の人に聞いちゃいました。)
受付を済ませて、中に入り浜中先生に、場所変更の電話を頂いた、お礼を伝えて、席に着く。
埼玉医科大学腫瘍内科教授の「佐々木 康綱先生」の「ドラッグ・ラグ」 について、お話して下さった。
ドラッグ・ラグは和製英語で、他の国では通じないと、言うことです。
内容は、難し過ぎてきちんと、説明できません。
自分はトリプルネガティブの、乳ガンだから、色々考えてしまった。
先生が、話した中のひとつに、治験を言わない病院で、自分から治験を求めても、その病院では、治験の資料も無いはず、きちんと資料・医師側から言われて行った方が、良いと。
そしたら、会場の1人のご婦人「もし何か有ったら、佐々木先生のところに、行きますので、宜しくお願いいたします。」と、言っていた。
何か有ったら…辛い言葉。
何も、有りませんように。
休憩挟んで、小倉先生の思い出話。
お友達、医師仲間の方の話を聞いていると、病気が、先生を強くさせたのかな?。
でも、ふっとした時に、泣かれた事も、有ったとか…みんな強い訳じゃないよね。
お友達が、仰っていた小倉先生の言葉で、「①外を知る事が大切(家にばかり居ないで出掛けましょうて、事かな?)・②今日と同じ日が、明日も来るとは、限らない1日1日を…大切に(だったかな?最後がすみません。はっきりしない)」
あと、お父様が小倉先生にしてあげた事、医師として最後まで、患者を診ていて、辛い体を休めてあげたいと、思ってご家族で、考えてあげた事。
①栄養を、取らせる。
②好きな事が、出来る体制を整えてあげる。
③信頼できる、何でも頼める、頼みやすい人が、側に居てあげる。
①は食べられる物、とにかく栄養つけさせたいと、食事を考えてあげたそうです。
②家に帰って来て、テレビ観たいと思えば、すぐ観る事が出来る、と体力使わずに、自分のしたい事が、動かず出来る体制を、作ってあげる。
③頼みやすい人が、傍にいることが、小倉先生には妹さん(ご自身の?お父様の?ちょっとはっきりしませんが)が、傍に付いていて、あげたそうです。
壁に張って有った写真の中に、絵門さんとの写真も、有りました。
テレビで闘病中の、絵門さんを見たことが、有ります。
講演会では、明るく話されていても、車の中楽屋裏では、辛そうに横になっていた、姿を思い出します。
小倉先生も、そうだったのでしょうね。
一度お会いした時も、優しく笑顔で、話をしてくれました。
今一度、
小倉恒子先生の、ご冥福を、お祈りします。
笑顔と、勇気・優しさを、有り難うございました。