意志を貫けるだろうか、と不安な思いがスタートを遅らせる。
“プライベートな空間が必要だ!”
“こうすればできるかも!”
と提言する勇気。
“自己満足”を前面に押し出し、
“乳がん罹患者の私だから”
を武器に発信する勇気。
批判や否定にも“自己満足のためにやってるんだ”と発想転換して乗り切れるだろうか。
来週セカンドオピニオンを聞きに行き、そこの病院に全てを委ねるつもり。
ということは、手術の時期も大体決まるだろう。
頭ががん一色になる前に少し考えよう。。。。ね。
災害、特に生活の再建関係にかかわって早6年半。
付き合いで始めたのに真剣に考えるようになったキッカケは、避難所で起きている性犯罪を知ったから。
被害者は圧倒的に女性や子供だけど、今後は性別に限らず発生すると思う。
つい先日も女性による男児への性的被害がニュースになっていた。
性別に関係なく、体力や社会的立場、状況によって「NO」と言えないことがある。
地震や暴風雨の中で集団生活を余儀なくされる場合は余計にだ。
守ってくれるはずの大人やパートナーは元気であればあるだけ苦難に立ち向かい、日常を取り戻すために外に働きに行ってしまう。
約4週間前がんの告知を受けてからいろんな事を考えた。
経験や知識のせいか“今災害が起こったらどうなるんだ?”と恐怖を感じた。
この4週間もどうにか平静を保てたのは“自分だけの空間”があり、淋しい時には実家に帰り、友人と会い爆食いし、耐えられない時はお酒に頼り、それでも“人には見せたくない自分”を解放できる自分だけの空間があるから。
選択肢がある、という幸せを乳がんになってもっと実感した。
そして乳がんになって、それまでは知らなかった知識が増えるごとに怖くなる。
ステージ0でも全摘をするケース。
ステージ1でも直後に再発したケース。
乳房再建の時間的過酷さ。
放射線治療の生活制限。。。。
なによりも共感し、そして衝撃だったのは、
ひとりで泣いている人の多さ。
涙は枯れないのかもしれない。
何度となく誰かの胸で泣いても、一緒に泣いても、抱きしめてもらっても、『お風呂に入るたびに泣く』『鏡を見るのが辛い』という感情は枯れないのかもしれない。
男勝りの私だって、まだ告知されただけなのに鏡を見るたびに“髪の毛、無くなるのかな。。。”と思った。
「どんな状況でも人間の“尊厳”が守られる世界になりますように」
2019年、フランシスコ教皇がいらした時に投稿したメッセージ。
シンプルな願い。