寂しい。

この気持ちを、世界中の人間が常に意識して地球は
回ってる気がする。

今だけを意識して生きている人間が、果たして何人居るんだろうか?

人間を動かす動力源は何か?

人それぞれ、考え方が違うだろう。

僕は、真っ先にあるのは
愛だと思う。

寂しいも、愛から産まれたと思うから。

寂しい、が、ポジティブなのかネガティブなのか。

考えてみた。



ポジティブだった。

寂しいのは、愛して欲しい、の反対語だと思うから。
地球上の人間は、漠然とした未来を自分で見ている。
恋人を作り、結婚して、子供を作り、幸せな老後を過ごし、愛する人に看取られる。

大雑把に言えば、これがテンプレートではなかろうか。

それを実現する為に生きている気がする。

僕はこれを否定していない。

何度も言って来ているが、誰が、どう生きようが、勝手なのだ。

極端な話をすれば、カバルやDSらみたいな人間の生き方も、勝手なのだ。

奴等は、奴等が描いた生き方をしているに過ぎない。
僕は、彼らのしている悪行が許せない。

だから止める為に、真実を知ってもらう為に生きている。

これが、僕の作った道。

彼らは、彼らが決めた道がある。

ただ、それが、在る。

それだけなんだ。

でも、所詮、人間は最終的に孤独なんだ。

何故ならば、人間は、一人・個・単体な存在だからだ。

仲間や家族が居ても。

決断するのは、自分自身という単体の意思だから。

宇宙にはね、集合意識というものがある。

僕はまだ、詳しく知らないから断言出来ないけど。

高次元の存在と、僕らの違いの一つに、

集合意識と、単体意識の違いがあると思う。

冒頭に書いた、寂しいという気持ち。

単体意識が感じる寂しさと、集合意識が感じる寂しさ。

これって、天と地くらい差がある気がする。






長々書いたけど、結局はさ。

立場とか関係なく、みんな根っこは寂しがりやなんじゃないか。

それが言いたかっただけ。