明治維新の図式は
官軍・薩摩=倒幕/長州=尊王攘夷で
表せると思う。

明治政府になり
初めは藩体制を維持し、侍もそのままであったが
明治10年ごろに士農工商の身分制度の廃止
廃藩置県で藩が廃止になり、現在の都道府県体制になった

西南の役=薩摩藩が洋式銃の弾丸の製造を独占していて
在庫の弾を政府の倉庫に移動したことに立腹
元々、薩摩は四民平等という概念すらなかった
薩摩と長州を手を結んだのが竜馬で
薩摩と長州は倒幕という点で一致していただけであった
だから新しい政府になっても藩体制や士農工商が維持される
と思っていた。それが西南戦争とういう内線の原因である

秋田も列藩同盟に加わらなかったが尊王、倒幕で
一致しただけで四民平等という概念はなかった
そういう点では薩摩と似ている
攘夷という思想が消えていったのは
洋式武器で官軍が勝利したことや
長州が欧州の軍艦に下関が攻撃され
外国列強の強さをまざまざと知り
攘夷という思想が消えていった。

尊王は天皇と言う権威を利用しただけで
日本には独裁という概念はは何千年も存在しなかった
第2次世界大戦時でも例えば東條が独裁でしたか?
天皇という隠れ蓑で曖昧にされ

戦後だって日本共産党の野坂参三なども
天皇を戦犯にすることに反対し
GHQも天皇を利用し現在に至っている。


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