就職氷河期世代が、60歳という数字を現実として意識し始めている。
定年延長、再雇用、再就職。
そのどれもが、かつては遠い話だったのに、今では自分の足元に静かに影を落としている。
この先をどう働くか。
その問いに向き合うとき、必要になるのが“ポートフォリオ”だと言われる。
ただ、その言葉が示すものは、若い世代が語るような華やかなスキルセットとは少し違う。
氷河期世代にとってのポートフォリオは、人生という長い時間の中で、何を手放さずに持ち続けてきたか、その静かな記録に近い。
もともとポートフォリオとは、画家がパトロンに作品を見せるために持ち歩いた“作品集”だった。
自分がどんな表現ができるのか、どんな世界を描けるのかを示すための束。
それは、技術の証明であると同時に、生き方そのものの提示でもあった。
氷河期世代が持つべきポートフォリオも、その原型に近い。
派手な肩書きよりも、静かに積み重ねた経験の方が多い。
履歴書には書きにくいが、現場では確かに役に立つ力。
それを言語化しなければ、誰にも伝わらないまま消えていく。
定年延長は企業の都合で決まり、再雇用は条件が変わり、再就職には年齢の壁がある。
そのどれもが、自分の意思だけでは動かせない。
だからこそ、自分の作品集を整えることが、唯一の自衛になる。
ポートフォリオとは、資格の一覧でも、過去の実績の羅列でもない。
むしろ、
「どんな場面で力を発揮してきたか」
「何を大切にして働いてきたか」
その軸を静かに示すものだ。
氷河期世代は、景気の波に翻弄され、制度の隙間に落ち、上の世代の影に押され、下の世代の速度に追われてきた。
その中で身についたのは、派手さではなく、
しぶとさと、柔軟さと、観察力。
それらは、若い頃には評価されにくかったが、
60歳が見えてくる今、ようやく意味を持ち始める。
ポートフォリオとは、自分の人生の作品集であり、これからの働き方の地図でもある。
誰かに見せるためではなく、自分が迷わないために持つものだ。
選択肢が減るように見える年齢だからこそ、自分の軸がはっきりする。
その軸を示すための静かな束。
それが、氷河期世代にとってのポートフォリオと言えるのではないか。
今、静かに問いかけられているかもしれない。