AIが大学入試共通テスト9科目で満点を取ったというニュースを見たとき、胸の奥で、ひとつの時代が静かに終わったような感覚があった。

それは、技術の進歩というより、これまでの学び方が役目を終えた瞬間に見えた。

私たちが育ってきた時代の“学力”とは、与えられた問題を、いかに素早く、正確に解くかという能力だった。

暗記し、反復し、正解へ向かって一直線に進むことが、努力の証とされていた。

しかし、その領域は、AIが最も得意とする場所だった。

AIが9科目満点を取った光景は、
「この競争はもう終わりました」
と淡々と告げているように見えた。

では、これからの学力とは何か。

私は、「AIにどんな課題を与えられるか」
という力に移っていくのだと思う。

どんな問いを立てるのか。

どんな視点で世界を見るのか。

何を不思議だと思い、どこに違和感を覚えるのか。

そうした“問いの質”こそが、これからの学びの中心になる。

AIは答えることは得意だが、問いをつくることは、まだ人間の領域にある。

一方で、就職氷河期世代の中には、この変化に気づかず、これまで通りのスキルアップを続けている者も少なくない。

資格、検定、暗記、反復。
かつて有効だった方法を、
そのまま未来にも適用しようとする。

実は団塊ジュニアの私自身も、これまで平均して毎年一つずつ、資格を取得を積み重ねてきた。

試験場で出会う受験者の多くは、私と同じ世代も少なくない。

仕事に直接関係のない資格であっても、50歳を過ぎてもなお受験を続ける姿勢を見た時、ふと前時代の習慣に縛られているように見えた。

私達の世代は資格取得者が多いと思う。

このままの流れなら、団塊ジュニアの定年後は多くの資格取得者が放出される。

結果、資格のデフレ化が始まるかもしれない。

一方、今後の再雇用の現場では、AIを使いこなす力が求められるようになる可能性が高い。

これまでの試験慣れした団塊ジュニア世代が、
「AIに課題を与えられない」
という理由で再び辛酸を舐める可能性がある。

それは、十分に起こり得る未来だ。

必要なのは、
AIに任せる部分と、
人間が担う部分を見極める力だ。

そして、問いをつくる力。
視点を変える力。
物語を紡ぐ力。
世界を少しだけ斜めから見る力。

そうした“人間の思考の癖”を取り戻すこと。

それは、資格や暗記では身につかない。
けれど、誰もが本来持っているはずの力だ。

団塊ジュニアが最も得意としてきたのは、
環境への適応だ。

理不尽さを当然とする上の世代と、効率と合理性だけで世界を測る下の世代のあいだで、状況に合わせて生き延びてきた。

その能力の価値に、意外と多くの人が気づいていない。

これから必要になるのは、新しい技術に振り回されることでも、過去の方法に固執することでもない。

状況を見て、必要なものを選び直す力だ。

それは、私たちが長い時間をかけて身につけてきたものでもある。

その経験が、これからの働き方の中で静かに役に立つ場面は少なくないはずだ。