横断歩道に近づくと、黒山の人だかりが、ひとつの塊のようにそこにあった。

 歩道橋の上や周囲には、眼光の鋭い男たちが散らばり、風の流れを読むように視線を巡らせている。

 中心からは拡声器の声が響いていた。聞き覚えのある声だと思ったら、政党の党首が演説しているらしい。

 少し離れた場所には、移動用の大きなバスが静かに停まっていて、
その存在がこの場の空気をさらに重くしているように見えた。

 私はその横を、ただ歩き抜ける。胸の奥に、言葉にならないざわめきが、ゆっくり沈んでいく。

 街宣の声が遠ざかると、季節の匂いが戻ってきた。冬の終わりの風が、コートの裾を軽く揺らす。

 季節は、政治とは関係なく巡っていく。けれど、政治家の言葉の中にも、どこか季節の影が潜んでいるように思える。

 春が近づくと、街には新しい公約が並び始める。それらは、この国がどこへ向かおうとしているのかを示す小さな標のようでもあり、まだ形にならない願いの断片のようでもある。

 政治家の公約は、その時代の変化の最終章かもしれない。最初に社会運動が始まり、マスコミが取り上げ、最後に立法される。

 長い季節の移ろいが、やがて一枚の葉となって落ちるように。

 夏の光の中で語られる言葉は熱を帯び、秋にはその熱が静かに冷めていく。

 冬になると、人々の願いが雪の下で眠るように、政治家の言葉もまた、深く沈んでいくように感じられる。

 季節は、政治家の声を急かすことも、慰めることもない。ただ淡々と、木々の色を変え、風の匂いを変え、私たちの生活を包み込んでいく。

 政治家の声がどれほど大きく響いても、その背後には、季節の静かな呼吸がある。

 その呼吸に耳を澄ませると、政治というものが、人間の営みのひとつにすぎないことをそっと思い出させてくれる。

 私は歩きながら、季節の匂いと、政治家の声の残響を、同じ胸の中にしまい込む。

 どちらも、この国の時間を形づくるひとつの風景なのだと思いながら。