「24時間働けますか!」
あのテレビCMを覚えている世代なら、
あの言葉が象徴していた時代の空気を、
いまでも肌で思い出せるのではないだろうか。

あれは、昭和から平成へと移りゆく頃の、
ひとつの価値観を端的に示した合言葉であった。

強く、速く、誰よりも働ける者こそが正義とされ、無茶を無茶とも思わぬほど、
前へ前へと進むことが求められた時代。

その頃、団塊世代は中堅から指揮官へと立場を変え、戦前生まれと戦後生まれが入れ替わる節目でもあった。

社会の価値観が大きく揺れ動き、
新しい時代の気配が、
かすかに風のように漂い始めていた頃である。

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強さこそが正義とされた時代は、
長く続くように思われていた。

働けば働くほど豊かになれる、
努力すれば必ず報われる。

そんな物語が、社会の隅々まで浸透していた。

しかし、その物語は
1997年の冬、静かに軋みを上げた。

山一證券の自主廃業――

「社員は悪くありません」という言葉が
テレビ越しに流れたあの日、私たちは初めて、
“強さの物語が崩れる音”を聞いたのかもしれない。

その後、ITバブルが訪れた。
新しい時代の幕開けのように見え、
再び「勝ち組」「成功者」という言葉が
世の中を駆け巡った。

けれど、その熱気も長くは続かず、
泡のように弾けて消えていった。

そして2008年、リーマンショック。
世界中が同時に揺らぎ、
努力や才能だけでは越えられない壁が
突然、目の前に立ちはだかった。

「強い者が生き残る」という物語は、
もはや現実と噛み合わなくなっていた。

そして何より、
その綻びを最も早く、最も深く感じていたのは、
就職氷河期の私たちだったのかもしれない。

どれほど努力しても門戸は開かれず、
どれほど準備を重ねても報われない。

「弱肉強食」という言葉が掲げられる一方で、
そもそも“競争の土俵にすら立てない”現実があった。

そのとき、ふと胸をよぎった。

あの時代に信じてきた強さの物語は、
もしかすると虚構だったのではないか――と。

社会の歯車が軋む音は、
もはやかすかなものではなく、
誰の耳にも届くほど大きくなっていた。

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分かち合いの時代へと移りゆく中で、
就職氷河期世代の私たちも、
ようやく正社員としての道が開けるのではないか――
そんな淡い期待を抱いた時期があった。

しかし、今度は年齢という壁が立ちはだかった。
若さを求められた二十代の頃には門前払いを受け、三十代になれば「もう遅い」と告げられる。

ようやく時代が変わり始めたはずなのに、
その変化の恩恵は、なぜか私たちには届かなかった。

公務員の「氷河期世代採用」も始まったが、
その門はあまりにも狭く、
救われる者はごくわずかだった。

二十代で痛めつけられ、
三十代でさらに痛みを重ね、
身も心も折れ、
静かに社会との扉を閉ざしていった者も少なくなかった。

分かち合いの時代が訪れたはずなのに、
その輪の外側に立ち尽くすような感覚――

それが、あの頃の私たちの姿だったのかもしれない。

ここで、ふと空気が入れ替わったように感じた。
新しい世代の感覚――

そう呼ぶのがいちばん近いのかもしれない。

これまでのように勝ち負けにこだわるのではなく、誰かと競うよりも、共に分かち合い、支え合うことを自然に選ぶ世代。

彼らには、そもそも競争相手という概念すら
あまり存在していないように見えた。

その姿は、
長く「勝ち負け」の物語の中で生きてきた私たちにとって、
どこか眩しく、どこか不思議でもあった。

そして同時に、
枯れゆく高齢世代の行方に怯えながら、
自分たちの肩に静かに重ねられていく
新たな役割の重みも感じていた。

団塊ジュニアを含む就職氷河期世代の中には、
いまもなお、勝ち組・負け組という
昭和的な価値観を胸のどこかに温存している者もいるだろう。

それは、あの時代を生き抜くために
必要だった“生存の物語”でもあった。

けれど、その価値観は
やがて静かに消えゆくのかもしれない。

なぜなら、これからの世代が大切にしている感覚と、あまりにも相反しているからである。

その価値観のずれが、
ときに“老害”という言葉として
表面に現れるのだろう。

時代が変わるとは、
こうした摩擦を伴うものなのかもしれない。

そして私たちは、
その変化のただ中で揺れながらも、
少しずつ新しい価値観へと歩み寄っていく。

勝ち負けではなく、
支え合いと分かち合いを軸にした生き方へ。

それは、
長い旅路を経てようやく辿り着いた
静かな成熟のかたちでもある。