2026年2月1日、風呂上がりの夜、窓を開けて風にあたる。
まだ冷たい風ではあるが、どことなく春の匂いを感じた。
つけっぱなしのテレビから流れた報道で、
落合信彦氏の逝去を知る。
その瞬間、団塊ジュニア世代の灯がひとつ、
静かに夜空へ消えてゆくように思われた。
バブルの熱気が薄れ、就職氷河期の冷たい風が吹き始めたころ、
我らの世代に強き影響を与えた名があった。
落合信彦――世界の広さと、個として立つことの意味を
初めて示してくれた灯火のごとき存在である。
その灯が静かに消えた今、
ひとつの時代が幕を閉じたような感覚が胸をよぎる。
氷河期世代の私たちは、心の奥に置いていた原点を
ひとつ失ったかのようでもある。
落合信彦という名には、常に賛否が寄り添っていた。
その語りに勇気づけられた者もあれば、
断定の強さに距離を置いた者もあった。
大胆な主張に希望を見いだす声がある一方で、
その真偽を問う批判もまた絶えなかった。
されど、賛も否も含めて、
彼は確かに“あの時代”を象徴する人物であった。
就職氷河期の若者にとって、
彼の言葉は閉塞の中に差し込む一条の光であった。
「個として立て」との呼びかけは、
企業に選ばれぬ現実に傷ついた心を支え、
「世界はもっと広い」との語りは、
日本の内側だけでは見えぬ未来を示してくれた。
現場へ赴き、自ら確かめるという姿勢は、
情報の渦に迷う世代に、
自分の足で立つ強さを教えてくれた。
その灯火が消えた今、
我ら氷河期世代は、
受け取った光を胸に、自らの灯をともす時を迎えているのかもしれない。
落合信彦という名が残したものは、
賛否を超えて、
今も静かに私たちの内に息づいている。