昭和の終わりごろ、小学生だった私は、
お寺の墓地が掘り起こされる場面に立ち会ったことがある。
墓地が足りなくなり、江戸時代後期の無縁仏の区画を新しい墓所として使うためだった。
墓石には「天保」と刻まれていて、
教科書で習った飢饉と関係があるのだろうかと、
幼いながらに想像したのを覚えている。
掘り出された頭蓋骨は、和尚の読経とともに火にくべられ、灰となって空と大地へ帰っていった。
あの静かな光景は、今も心のどこかに残っている。
近ごろ、土葬をめぐるニュースを目にするたびに、あの日のお寺の墓地を思い出す。
日本もかつては土葬が当たり前だったが、
衛生や土地の事情、都市化の流れの中で
いつしか火葬が主流になった。
それでも、土葬を望む声が消えたわけではなく、
地域によっては今もその在り方をめぐって議論が続いている。
土葬を望む人には、その人なりの理由があり、
火葬を選ぶ人にもまた、守りたい生活がある。
行政には行政の責任があり、
地域には地域の不安や慣習がある。
どれも誰かの暮らしの一部で、
簡単に善し悪しを決められるものではない。
人が亡き人をどう送りたいかという願いは、
宗教や文化を越えて、
静かに受け継がれてきたものだ。
土葬が良いのか、火葬が良いのか、
その答えは時代や土地によって揺れ動き、
いまもなお定まらない。
ただ、送り方の違いは争うためのものではなく、
互いの背景をそっと想像し合うための
小さな窓のようなものなのだと思う。
土葬のニュースに触れるたび、
あの日の墓地の静けさが、ふと胸に戻ってくる。