ノストラダムスの予言が流行った。
1999年7月、空から恐怖の大王が降ってくる——
そんな言葉が、テレビや雑誌、学習漫画にまで溢れていた。
そして多くの人は、
「結局、何も起きなかった」と笑って忘れた。
だが、少し見方を変えてみよう。
1999年、団塊ジュニア世代が社会に放たれた90年代後半、就職戦線は完全に崩壊していた。
内定は出ず、面接は不採用の連続。
「普通にしていれば報われる」
という約束は、音もなく消えていた。
あの年、空から降ってきたのは隕石ではなかった。
社会の構造そのものが、静かに崩れ落ちたのだ。
それは、まさに“恐怖の大王”だったのかもしれない。
そしてその後、
私たちは30年近くにわたって、
氷に閉ざされた世代として生きることになる。
これは日本だけの話ではない。
他の国でも似たような地殻変動が起きていた。
未婚化、少子高齢化、非正規雇用の拡大、
家族観や労働観の崩壊。
それらはすべて、
物理的な破滅ではなく、社会的な終末だった。
破滅のきっかけは、
必ずしも爆発音を伴うとは限らない。
社会の空気、雰囲気、
そうした“風”が変わるだけで、
人は簡単に翻弄され、流されてしまう。
自然に逆らうことは難しい。
だが、風に漂うこともまた、
生き延びるための術なのかもしれない。
あの予言は外れた。
けれど、
予言が外れた世界をどう生きるかという問いは、
今もなお、私たちの中に残っている。