団塊ジュニアの中には、今も偏差値という見えない亡霊に今も取り憑かれたままの者がいる。

点を取れば“良い椅子”に座れる——
単なる偏差値と言う椅子取りゲームだった。

バブルと言う宴を横目に盲目的に記憶した英単語。

学びは配属に無力、
言葉は理念ではなく、
売れる商品の飾りでしかない。

そんな世界で育った私たちは、
本当に欲するものすら知らずにに生きてたのかもしれない。

もし救いがあるとすれば、
それは偏差値という呪縛から
静かに離れることなのだろう。

感じるままに行動できる日が来ることを願うだけだ。