今日は僕と妻、2人にとっての記念日。
と、言っても結婚記念日ではありません。

中高生ではあるまいし、こんな馬鹿げたことをブログに書くのは正直恥ずかしいのですが、
(しかもオッサンが・・・)何となく『書いてみよう』みたいな気になったので書いちゃおうと思います。



『うぜぇー!!』



と、思われた方はどうぞさり気なくスルーして下さい。





いわゆる付き合い始めてから何年というソレです。

今日で15周年・・・16年目突入の日です。

まぁ、よくあるパターンですが同じクラスで席が隣になり仲良くなって・・・ていうヤツです。


15年前の今日、名古屋港水族館にて初デート!!

先日、ドリーを連れて家族3人で初めて行って来ました。
そのことはまた後日・・・
本当はこっちのネタの方を先に書きたかったのですが書く間がなかったので・・・
ドリーの純粋無垢な姿を思い出すだけで目頭が・・・

と、やはり父親としてはどうしても妻よりも娘に『恋』をしちゃうワケでね・・・

でも(『でも』という表現じゃマズいか?)、今日はその大切な大切な娘を
無事に産んでくれたナイスガイ(妻はめちゃめちゃ男前なのです。)な彼女のことを・・・


あ、先にひとつ。
付き合っていた期間が長かったので、どうしても妻や嫁や家内などの表現はしっくりきません。
なので、今日のブログにおいては妻のことを彼女と書かせて頂きます。


15年前の初デートの日にまさか結婚するなんてことは微塵も思っていませんでした、僕は・・・
彼女はそうでもなかったみたいですが・・・
結婚、出産を経て(経過中もかな)、いろいろと会話の種類も増え、
僕からすると



     『えー!!本当にー!!』

     『エー!!マジでー!!』



なんてことをたくさん、彼女の口から聞きました。

大概ショウモナイ僕ですが、多かれ少なかれ男はダメな生き物だと思います。

それに比べて女という生き物は何から何まで良く出来ていますよね。

具体的に『何』というんじゃないんです。

何から何までです。


で、彼女の話。
彼女は本当に優秀なのです。

彼女のおかげで何とかなってるなぁと初めて実感したのは<東京ライフ>でのこと。

当時、生意気の盛りと化していた僕のコミュニケーション力を養ってくれたのは彼女でした。
知らず知らずのうちに身に付いていたものが多かったとは思いますが、
田舎から上京し、多くのまた田舎人、生粋の東京人、野心の塊みたいなヤツ、
その他、本当に多種多様な人がいる大都会で何とかなっていったのは彼女のおかげでした。

彼女はトコトン話すのです。
最近でこそ笑い話でストーカーみたいに感じたなんて昔を振り返り僕は彼女に言うのですが、
自分が納得するまで相手の意見を聞き、自分の意見もきっちりと相手に伝えるというスキルを
僕に徹底的に仕込んでくれたのは彼女です。

疎ましく感じることや嫌なことこそ面倒臭がらずに冷静にぶつかり合わないといけないですよね。

それはそれかもしれないし、もちろん個人差の問題はあると思いますが、
田舎からでたことがないヤツ、また実家からもでたことがないヤツ、
そういったヤツらは考えがヌルいし、自分が正しいと思っていて視野が狭い、
その上自分の意見を押し付けるヤツが多いように感じます。
(悪魔で僕の知っている範囲での狭い世界でしかありませんが・・・)

当然、田舎者の僕は元々はそんな感じでした。

それが田舎を出て東京での生活を始めた時、
あらゆる場面で何とかやっていけたのは彼女とのそれまでの
付き合いの賜物だなと感じたのです。

彼女との付き合いがなかったら、



     『俺たぶん逃げ帰ってるなぁ・・・』



なんて、毎日のように思っていました。


自分自身そうであり、他人(この場合僕ですが)にもそうあることの大切さを
コンコンと説くのではなく、伝えることの出来る彼女は優秀だと思いませんか?


当然、彼女の素晴らしいところはそれだけじゃありません。
本当にいろいろなことを考えています。
その上で僕といることを選んでいると言います。
が、故に彼女にはたくさん悲しい思いをさせたり、
多くの人は考えなくてもすむようなことを余分(ムダにかな)に考えさせてしまっていると思います。



僕自身もそうですが僕を取り巻く環境、結構面倒臭いんです・・・



でも、それを彼女は、



「面倒臭いことこそが人生の醍醐味で余分なことなんて何一つないのに余分なモノだと決めてしまい、それらを削ぎ落としていくような考え方、生き方なんてどうなんだろう?」



と、言います。

よく行くあるバーのマスターに彼女は『仙人』と言われています。

そしてそこの常連客の仲のいい人達にも・・・



あれ!?
俺、何が書きたかったんだろう?
毎度のことだけど、特に起承転結を考えてから書き始めるワケじゃないから、
オチもなければグダグダだし・・・
こういうところなんですよね。
優秀な人間とそうでない人間の差って。
賢い人とそうでない人と言った方がより正しい表現かな?





最後に俺からしたらちょっと恥ずかしい話だけど、当時のクラス中が盛り上がったエピソードを・・・
(ダラダラと長くなってしまった今日の内容をここまで読んで下さった方への僕からのちょっとしたサービスのつもりです・・・)

新学期を迎えると、泊まり掛けの合宿ってありましたよね?
この辺だけの話なのかな?
まぁ、僕らの学校にはあったんですけどね。
で、泊まりで、お初の女の子を一通り見た時期にする会話のネタはひとつしかありませんよね!!



     『誰が一番かわいいのか!!』



で、そこで僕は彼女の名前を言ったのですが、
場が盛り上がるように一言付け加えていたんです。



     「絶対俺の女にする!!」



もちろんまだ会話をしたこともなく、見た目だけでの一言。
しかも、全くそんなことは考えてなく、その場が盛り上がればいいか的な発言。

う~ん、それにしてもなんて傲慢な言いっぷりなんだ・・・

その時のクラスはかわいい子が結構多く、5人ぐらいの女の子の名前があがったのですが、
特にベスト3に人気が集まり、彼女はその3位でした。

正直、今でも結構かわいいと思いますよ!!

因みにドリーは奥菜恵さん、相武紗季さん、松たか子さんをテレビで見ると、




     「あ!!ママがいる!!」



と、言います。

その誰もが僕のツレなり、彼女の知り合いなどから似てると言われたことのある人です。

僕のツレは奥菜恵さん、ELTの持田香織さんに似てると言うヤツがほとんどです。

で、僕はというと・・・アメブロで書くのもどうかなとは思いますが、
昔から一貫して奥菜恵さんをタイプとして言っています。

なので、彼女はかわいいのです。

しかし、最近は確かにドリーの言う通り、相武紗季さんに似てるかもと思うことがよくあります。

あんなにピチピチはしてませんが・・・


ちょっと話がそれました・・・

まぁ、そんなこともあって、僕が彼女と付き合うようになった時、
クラスの男子は結構盛り上がっていたんです。
変なテンションでしたが・・・

そのうちに誰かが女子にその合宿での出来事を話し、クラス中が知った頃ですが、
その時席が隣通しだった僕と彼女は授業中に何かムダ話をしてました。

その時です!!



「あっついなぁ~おい~あっついなぁ~おい~!!」



と、真冬にもかかわらず、窓を全開にし始めた先生。

クラス中、大爆笑・・・

めちゃくちゃ恥ずかしかったです・・・


と、言うのもその先生、かなり大柄で冬でも足下は裸足にスリッパ。
長袖のシャツ1枚という出で立ち。
その先生がシャツの上にベストを羽織ってきたら、学校中でネタになるという先生。

そして、その先生の口癖が、



「あっついなぁ~おい~あっついなぁ~おい~!!」



果たして単なる偶然で窓を開けたのか、それとも僕らの付き合いを知っていて
笑いを取りにいったのか・・・

未だに真実はわかりません・・・





な~んて頃から僕と一緒にいてくれる彼女。

これからもずっと男前なのにかわいい彼女と一緒に歩んでいきたいなぁ。

俺らの間にいるドリーの手をどんな時も取りながら・・・








1ヶ月ぶりのブログです。
この間、見に来て下さった方どうもありがとうございました!!

プライベートで、この先少ししんどくなりそうなことはありましたが、
それ以外はあいかわらずの忙しい毎日を送っています。

仕事の延長みたいな感じで豪快に気分転換をする機会に恵まれたり、
多くの人たちと再会する機会に恵まれたり、テレビの生放送に出演してしまったりと
なかなか楽しい1ヶ月でもありました。

ブログに書きたいネタはこの1ヶ月の間だけでもクサル程あります。
また追々書いていきたいと思います。
(全然タイムリーではないことばかりになりそうですが・・・)



さて本題へ・・・

今日12月4日は僕にとって特別な日です。

特別な日になったのは10年前・・・



       1998年12月4日



この日までに築き上げてきた全てのことと、
これからの未来へ向けての情熱によって、
僕のHEARTは形成されました・・・違う、形成しました。


       自分自身の意思で・・・


多くを語るつもりはありませんので悪しからず・・・


感覚は遠い昔・・・
気持ちはまるで昨日のことの様・・・


あの日から10年経った・・・ただその事実があるだけです。


僕のHEARTに溢れた一番の感情はたぶん虚空・・・


情熱という言葉は希望の彼方・・・
でもその言葉の響きだけはなくすまいと必死でしがみついてきた・・・


醜くももがくその姿を見ていてほしい人はいる・・・


決してリスタートではない。
母親の腹の中で心臓だけで呼吸しだした瞬間から止まったことなどないのだから。



       俺は止まらない

       俺は止めさせない



今一度、自分に言い聞かせる11年目始まりの日にしたいと思う。



みずみずしさのカケラもない虚空の中に咲いたドリー。

10年・・・それより前から今も変わらず一緒にいてくれる妻。

まだまだ俺にはやらなければいけないことがたくさんある。

まだまだ俺にはやることがたくさんある。



ずっとずっと見ていてほしい・・・



俺は止まらない

俺は止めさせない
この間の日曜日、ドリーの七五三のご祈祷に行ってきました。
(時間を確保するために連日必死でやりくり・・・)

母と妻の両親も一緒にお参りに。
(父は仕事のため不参加。)

少し時期が早めでしたが、それでもスゴい人、人、人、人、人・・・


ドリーは数えで3歳。
地域によって考え方がいろいろとあるのでしょうか?
家の母と妻の両親は『数え派』。
父は???
僕と妹は4つ違いなのですが、僕が7歳、妹が3歳の時にご祈祷に行ってます。
だから父は、

「ん?数えでやるのか?まぁ、また来年やってもいいしな。」

と、来年も七五三をやり、自分も参加するつもり満々っぽく・・・


母が半分?作ったドレスを着て行きました。

僕が生まれてしばらくまでは、洋服、ドレスなど、
洋裁を生業にしていた時期もあり、母の作るそれはなかなかのモノです。

ガキの頃の僕の服、冬場はセーターやニット帽など母の作ってくれたモノを着ていました。

父も母も女の子が欲しかったらしく、僕の頭はおかっぱ。
着ているモノは赤系・・・
おかげで小学校に入る頃になっても周りからは「女の子?」と、聞かれる始末・・・

もちろん、妹も母の手作りの服をそれこそ僕以上にたくさん着ていました。

エレクトーンの発表会がある度に母がドレスを作り・・・

僕に言わせれば、妹のエレクトーンの発表会ではなく、
母の作ったドレスの発表会の場になっていたなと・・・


そんな母がドリーの七五三のドレス作りを・・・

長年、洋裁から離れていたこと、老眼で針に糸を通すのがしんどいとのことで、
シンプルなドレスを購入し、それに装飾を施し、更にドレスの羽織り物を作ることに・・・

いやはや恐れ入りました!!
長年離れていたとはとても思えないスゲー出来!!
ドレスに合う、ヘアーバンドまで作っていて、最高のドリー嬢が出来上がりました!!

神社に着いて周りを見ると、数えで3歳かなという感じの子はほとんどいない様子。
本当に小さい子って1つ年齢が違うだけでしっかりしてる具合が全然違うんですよね。
ほとんどの子が着物。
ドリー以外にドレスの子は2~3人でした。
ドリーも着物を着せるか迷ったのですが、多分嫌がるだろうということでドレスに。


無事(お利口さん)にご祈祷が済み、みんなで写真撮影。
すると、ドリーが石畳の上にちょこんと・・・
ドレスがキレイに石畳の上に広がり・・・

       ドリーはお姫様

になりました・・・・・


周りから、

       「うわぁー!!」

       「かわいい!!」

       「お姫様みたい!!」

感嘆の嵐!!

仕方がないです・・・

だってドリーは本当に

       『プリンセス』

だったのだから・・・・・



その後、妻の両親が最近お気に入りの店

       『梅の花』

へ。

妻は義母とドリーの3人で何度か行っていて、
家の母は気になりつつもまだ行ったことがなかったと。
僕はと言うと、もう5~6年は気になっていたものの行ったことはなく、初来店。

       『まぁ、いいんじゃないですか。』

と、言う感じ。

世間の評価がちょいと高すぎるかな?
あるいは、評価が高いゆえに僕の期待度が高まっていたのかもしれません。
また機会があれば行ってみたいとは思いますが、自分から率先して行くことはないかな。



夕飯は僕の実家にて『家焼き肉!!』





思いっきりリフレッシュ!!





・・・・・数ヶ月前から可能性があることは聞いていましたが・・・・・

今、『めざましテレビ』を見ながらブログを書いているのですが、とても残念です。

小室さん逮捕へ・・・・・