言わずと知れたエアロスミスの超代表曲。

エアロスミスの全楽曲の中で僕は一番好きな曲だ。



もうかれこれどのぐらい経つんだろう?
基本、自宅にてハードロックを聴くことはなくなった。
必要性がある時、若しくは意図的に聴こうとしない限り我が家でハードロックは滅多に流れない。

必要性というのは・・・今日は割愛・・・
意図的には二通りあって、ひとつは大掃除をする時。
もうひとつはテンションを上げたい時。

ここ数ヶ月、ただでさえネガティブなのに、そこに加えてどんどんどんどんと・・・・・

そんな時はハードロックをかけます。
もちろん、音楽すらかけたくなく無音で過ごしたいテンションになってる・・・・・
っていうか、音楽をかけるということに気がいかない・・・・・
っていう以上に、何もする気が起こらない・・・・・
ゴロゴロするか、無駄にPCをいじり続けているか・・・・・
そんな世界へ足を踏み込んでしまったことに気付いたら、
何とか無理矢理にでもテンションを上げようとハードロックをかけます。
理由はやっぱり大好きだから。
思春期の自分、今に至る自分を形成してきたモノだから。
あっ!!
ここでいう形成はネガティブでダメな自分じゃありませんよ!!
こんな僕を夢中にさせてくれたモノ。
「大好きだっ!!」って、はっきりと言えるモノ。
そういったモノ=ハードロックによって
自分にとっての心の素晴らしいスペースのひとつは形成されているので、
そういう意味での形成です。

一番多感な時期に夢中になったモノはどんな時も必ず心に潤いを与えてくれます。
時には大して潤わないこともありますが、何もやらないよりは少なからずいいです。
あんなにたくさん聴いてきたハズなのに、



『あれ?ここってこんな風に演奏してたんだぁ・・・』



って、発見することもボチボチ・・・・・

その時々で、チョイスするミュージシャン、アルバムは
もちろん色々とありますが、なかでもよく選ぶのが、



     AEROSMITH 『GET A GRIP』



エアロスミスのアルバムの中で一番好きなアルバムです。

好き=好みってことです。

エアロスミスのアルバム名盤を答えろと言われれば、迷わず『ROCKS』
世間でもそう考える人は多いのではないでしょうか?
エアロスミスの名盤であるのはもちろんですが、ロック史に残る名盤です。
個人的には歴史上のロックアルバム、ベスト10に入る名盤です。
自分が生まれる前から今も尚(暗黒時代もありましたが)、
第一線で活躍し続けているエアロスミス。
バケモンです・・・・・

っと、エアロについて語り出すとキリがありません。
大好きなんです!!
なので、エアロのことについてはその都度、テーマを持って書いていきます。

で、今日のテーマは『Eat The Rich』

冒頭でも触れましたが、エアロの楽曲で一番好きな曲です。



・・・・・いつも通り、今回も前置きにて終了・・・・・

すみません・・・・・

ってか、僕のグダグダと毎回長い前置きありのしかも中身のないブログを
読んで下さってる方たち、ありがとうございます。

本当にありがとうございます。

勝手気ままなことをこれからも書いていくと思います(めっちゃ不定期で)が、
どうぞ今後もお付き合い下さい。



次回はノッケから、『Eat The Rich』を語っていきますので・・・・・
共鳴するコト

共鳴しちゃうコト

共鳴できちゃうコト

共鳴しなければいけないコト

共鳴できないコト

共鳴したいコト

共鳴を心から願うコト

ひとり勝手に願い鳴くのならそれはきっと何かを生み出すでしょう

共にと勝手に願い鳴くのならそれもきっと何かを生み出すでしょう

勝手は勝手

ひとりよがり

共に鳴く瞬間は奇跡なのだろうか

共に鳴く瞬間を続けられるコトは奇跡の彼方なのだろうか

共鳴は奇跡

奇跡の連続と感じられるならそれはとても美しいコト

共鳴

その瞬間に意思などはない

無意識に共鳴するから美しい

それを奇跡の連続と感じられるならそれは尚更美しいコト

共鳴

共鳴を願うのにできないコト

共鳴を願い続けるのにできないコト

正しいとか間違いとかじゃなくて共鳴をしたいと願い想い続けるコト

これを依存というのだろうか

きっと依存というのだろう

互いの無意識の意識が共に鳴り響かないのなら願うコトは依存なのだろう

願い想い続けるコトは依存なのだろう

クダラナイ

バカバカシイ

対象のどちらか一方は死んでる

共に鳴くコトを求めてなどいない

クダラナイ

バカバカシイ

それでも共鳴したいと願う

自分なのか相手なのかではない信じる心

共鳴と依存

光輝くスペースを探してる
泣いた

何だかわからんけど泣けてきた

涙が流れる程に

心がフルエタ・・・






何も食ってなかったからか腹が減ったのでコンビニに行こうと玄関を出た。

寒い。

この時間、もう半袖はキツい。

そう思い、目の前を見ると空が澄んでいるのがはっきりとわかった。

家はマンションの最上階、一番東の角部屋。

玄関の鍵を閉め、廊下の一番東へと向かった。

顔を上げるまでもなく澄んだ空に輝く星が目に入った。

結構傾きかけたオリオン座と北斗七星。



泣いた

何だかわからんけど泣けてきた

涙が流れる程に

心がフルエタ・・・



心のフルエが何かはわからなかった。

でもちょっと寒い夜風に吹かれながら澄んだ空に輝く星たちを眺める時は
俺をどこかに戻してくれるかのような心地良さを覚えた。

実際はどこにも戻れやなんかしない。

でも一瞬、夢中になって天体図間を眺めていたガキの頃に戻ったような気がした。

大人になったら宇宙飛行士になりたいと無邪気にそう思っていたあの頃に・・・・・

俺は空を眺めるのが大好きだった。

どんな時も空を眺めていたら心の中を覆っていた雲や、乱していた嵐のようなモノも
自然と心にウマい具合に溶けていっていた。

もちろん空を眺めるだけで全てのことが現実に解決出来たワケではなかった。

でも一瞬だけ、ほんの一瞬だけでいいからしんどい時に空を眺めると
心に新しい光が差し込んできてたことを思い出した。

空を眺めることをしなくなったのはいつからだろう?

ぼんやりとしかわからない・・・・・

でもきっと今日、『2009.09.10』は何かが変わる日なんだと信じたい。

信じる心を失くしてしまった俺にまたその心を取り戻す光が差した日なんだと信じたい。



涙が乾ききるまで川沿いを散歩した。

ちょっと寒かったがスンゲー気持ち良かった。

コンビニで買物を済ませ家へ帰る時には東の空は今日の息吹を俺に見せてくれていた。

コンビニに行くだけの行為が俺にたくさんの光を浴びさせてくれた。

もしかしたら今までも毎日のように浴びていた光もあったのかもしれない。

でも俺が気付いたのは今日だ。

イヤ、違う。

同じ光など存在しない。

今日浴びた光はその瞬間現実世界では消滅だ。

でもその光は俺の中で生き続ける。

そうやって自分の中に光をたくさん留めて、
そしてその光に今度は俺にしか出せないスピリットをミックスして新たな光を放つ。



何だかちょいと気負い過ぎかな・・・・・

躁状態なのかも・・・・・

でもこの躁状態からしか解決の光は見出せないと思う。

光が見えた時に冷静にバランスを保てることを意識しなければいけない。



何であれ、『2009.09.10 AM3:30』の光を俺は忘れない・・・・・