「抱きしめてほしい・・・ただそれだけでいいから・・・」

最終名古屋行き上りの新幹線の中での彼女の言葉。

僕は・・・僕は正面よりやや窓の方を向き彼女の左手を強く握りしめるだけだった。

彼女の問いには応えられないと指先で伝えるしかできなかった。






『東京ライフ』時代からの友人Rと神戸へ遊びに行ったのは先週のことだ。

そもそもは一泊して帰ってくる予定だった。

でも僕は何かが、ほんの小さな何かがひっかかり
最終の新幹線に間に合うなら名古屋まで帰ろうと彼女に言った。

新神戸の駅まで移動する間、僕らに会話はなかった。

あるはずもない・・・彼女が望んでいた行動を僕はとらなかったのだから。

ただ一言だけ僕は彼女に言った。

「名古屋行きの最終がなかったらどこかに泊まろう・・・」

駅構内を歩く僕は必死だった。

早歩きをし、そして名古屋行きの最終新幹線に間に合うことだけをただ祈った。

新幹線には・・・新幹線には間に合った。

彼女・・・Rの顔を見る事など出来なかった。

チケットを買い、ホームへと急いだ。

発車まで5分程しかなかったからだ。

ホームへ着き新幹線が到着するのを待っていた時、Rがハンカチで目を抑えてる姿を見た。

僕は最低な男だろう・・・

新幹線に乗り込み席へと着いた時、Rが僕に話かけて来た。

「どうせ私は名古屋で泊まらないと家までは帰れない。だから私は名古屋のホテルに泊まるよ。」

僕は返す言葉も見つけられずただ黙って窓の外を眺めていた。

新大阪、京都と新幹線は停まり、あとは終点名古屋までとなった。

ずっと窓の外をただぼーっと眺めていた僕の右手にRが手を重ねて来た。

「抱きしめてほしい・・・ただそれだけでいいから・・・」

僕以外の誰にも聞こえないそっとしたか細い、
そしてか弱なRの声が耳を通じて頭のど真ん中に届いた。

僕は少しだけ顔を正面側へと向け、
Rの重ねて来た左手をひっくり返し指を重ねるようにして手を繋いだ。

僕のその指先からは『ゴメン』という言葉の響きが出て行くだけだった。

そしてそれはRにも伝わっていた。

名古屋へ到着し最寄りのホテルまでRを送り僕は帰った。

正確には飲みに行った。

僕は最低最悪な男だろう。

そんなこと自分でもわかる。

だから真っすぐ帰るなんてことせず、飲みに行ったのだ。

行き着けのバーへ行きマスターに僕のダメさぶりを話、4時頃店をあとにした。

始発の電車までは2時間もあった。

近くの公園のベンチで横になると、オリオン座が目に入って来た。

すずしいハズだ。

そんな季節に多くの人たちは身体を重ね合い身も心も暖かくなるのだろう・・・きっと・・・

でも僕にはわからない。

身体を重ね合うこと、抱きしめ合うこと、それが心を満たすことなのか?

一方では最強で絶対的な愛情表現だと思う。

でももう一方では・・・

ついさっきRに電話をした。

Rは変わらずいつものRだった。

僕は最低最悪だ・・・

答えがわからない僕は最低最悪だ・・・