「相沢さーん!!」

『うん?』

ここで知り合いに会ったことなんかないのに誰だ?

「やっぱり相沢さんだ。」

周りに自分が『相沢さん』ってバレるのがイヤだったし、
もしかしたらこの中に僕以外に『相沢さん』がいるかもしれないと思い、
っと、言うより僕以外の『相沢さん』であってくれと思い、
聞こえないフリをして読書を続けていたがやはり『相沢さん』は僕で・・・

「ぁああ・・・」

ここでの読書タイムは誰にも邪魔されたくないという思いが声に乗っかってしまった。

「あ、今『うわっ!』って思ったでしょ?ってか、さっき呼んだの聞こえてたのに聞こえてないフリしたでしょ?」

『アアアアアァァァァァ・・・ドウシヨウ・・・?』

「ここ座るね。」

テーブルを挟んで僕の前の席にアキは・・・アキさんは座った。

「相沢さんって、自由が丘に住んでるの?」

僕の返事など待つことなく次から次へとアキ・・・アキさんは一人会話を進めていく。

「自由が丘より九品仏の方が近いけど、乗り換えが面倒だから自由が丘から歩いて帰るよ。」

『やっとまともに返答できた。』

「学校近くないのに何で?」

「イヤ・・・別に・・・」

『何故?何故?何故にこんな質問攻めにあわなければならないんだ?せっかくのプライベートタイムが・・・』

「あたしはね、お姉ちゃんが自由が丘に住んでるからたまに遊びに来るんだよね。」

『会話のネタがどんどん進んでいく・・・それよりも別に聞いてもいないことを話さなくてもいいのに・・・何て返答すればいいのかとっさに頭に浮かばないからヤメてくれ・・・』

「相沢さん、時間あるの?あるなら少し話そうよ。思いがけずせっかくここで会ったんだしさあ。」

「ぅうん。」

『ヤバイヤバイヤバイ・・・思わず返事しちゃったけど、何話せばいいんだ???』

「相沢さんって、少し変わってるよね。」

「えー、そうかなぁ?」

『会話をリードして貰いたい反面、質問攻めになるのならそれは困る・・・イヤだ・・・』

「相沢さんって、下の名前『勇気』だっけ?」

「そうだけど・・・」

「勇気くん、堅い・・・あたしとの会話ヤダ?」

「そんなことないそんなことない。」

『・・・ってか、勇気くんになってることが突っ込めない・・・』

「慌てて2回繰り返して言うところが嘘じゃないにしても、遠からずって感じがするけど?」

『誰か助けてくれ~!!パンクしてまう・・・』

「まぁ、いいっか!!これじゃあイジメっぽくなっちゃうしね。勇気くん、女の子と付き合ったことないでしょ?」

『うううぅぅぅおおおーーーいっ!!いきなりなんだよっ!!』

「あのさぁ、いつも返事が遅い。そんなペースじゃあ女の子はため息付いちゃうよ。」

「そうかなぁ?」

「そう、クラス中の女の子が言ってる。勇気くんはマイペース過ぎる、変わった人だって。」

「そうかなぁ?」

「ほら、返事も決まり文句の如く同じ言葉しかでてこない。彼女いたことないでしょ?」

このまま延々とアキ・・・アキさんの質問という名の拷問が続くのだろうか?
嘘をついて会話を終息させる方向にもっていけばいいのだろうがそんなこと出来るワケがない。
ただでさえ、そういったことが苦手なのに、相手がアキ・・・アキさんとなれば尚更無理だ・・・
かと言って、本当のことを答えれば今以上の地獄が待っているだろう・・・
逃げ道がない・・・

「だ~か~ら~、返事が遅い。中高生じゃないんだから女の子の話ぐらい普通にしなよ。そうやって、テンパリ状態になる方がかえって変な印象になっちゃうよ。」

・・・相手はボスだ・・・そう完全にボスだ・・・言うなればRPGの最後のボス・・・
倒すにはそれなりのレベルが必要だ。
と、いうことは僕に勝ち目はない。
レベルが低過ぎる。
物語真ん中辺りの中ボスでさえ、歯が立たないだろう。
自分の守備力を上げる呪文、相手の守備力を下げる呪文、自分の攻撃力を倍にする呪文、
相手の攻撃を跳ね返す呪文、それらのどの呪文を使ったとしてもボスには効かない・・・
武器を使って攻撃しようが、肉弾戦で当たっていこうが、ボスには効かない・・・
何をやっても勝ち目のない相手との戦い・・・
どう対応するかの選択肢は2つ。
完全に白旗を上げて降伏する。
もしくは何かひとつでもいいから今後対戦する時のために弱点を見つけようと必死で戦ってみる。
・・・どうせ負け試合・・・
・・・戦おう・・・逃げはしない・・・何かを見つけるために・・・

「もういい?」

「うん?何が?」

「頭の中で整理できたかってこと?大分待ったけど。」

「ああぁぁ・・・大丈夫。・・・何の話だったっけ?」

「大丈夫じゃないよね?頭の中で整理して終わっただけじゃん。自分の解決にしか至ってないよ、それじゃあ。あたしとの会話だよ、今してるのは。」

突然、僕のプライベートタイムに勝手に踏み込んで来たくせに何を言ってるんだとは思ったが、
僕は臨戦態勢がとれた。
戦いはこれからだ。

「ごめんね。で、何の話だったっけ?」

「クラス中の女の子みんなが言ってる、変わってる人の勇気くんは今まで彼女が出来たことないでしょ?って話。」

「ああぁ、・・・あのさぁ、このネタで決まりなのかな?今からのトークタイムは?」

「うん、決まり!!」

「あ、そう・・・彼女いたことないよ・・・」

「やっぱり!!」

「『やっぱり!!』って、感じする?」

「する。だって必要最小限しか誰とも話してるのを見たことないもん。」

「はぁ・・・」

「女の子に興味ない系?」

「全然、めちゃくちゃあるよ。」

「そんな風にはとても見えないけど。」

「そう?自分の中ではしっかりと確保されたスペースがあるよ。」

「それはこれから出会う誰かのため?それともずっと想い続けてる人のため?」

「うーん・・・やっぱりこのネタ止めない?」

「ダメダメ!!まだまだこれからだよ!!」

「何のために心を晒すことになってるの?」

「あ!それあたしに対して失礼な発言。」

「そんなつもりで言ってるんじゃなくてさぁ、何ていうのかなぁ、『恋バナ』ってヤツの存在意義がわからないんだよね。」

「わからないことを形に表現することは、ある意味あたしたちには必要なことだと思うけど?」

アキ・・・アキさんの言っていることは的を得ている。
しかし僕が言いたいのはこの瞬間、この場で表現する必要性があるのかってことだ。

「そうだねぇ、でも僕は100%わからないことは表現出来ないタイプみたいなんだよね。」

「なら大丈夫じゃん!何%かはわからないけど、心の中に『女の子スペース』は確保されてるんでしょ?」

「・・・アキ・・・さんが賢いのか、僕がアホなのか・・・恋バナしないと帰らせてくれない系?」

「『さん』って・・・『アキ』でいいよ。別に『アキちゃん』でもいいけど。もうちょっとフレンドリーに接してよ。同級生じゃん!!」

そう、僕らは同級生・・・一浪した後、何とか美大に入って、
3年生になるまでは普通に進級したものの、そこで3回の留年・・・
僕は25歳、彼女、アキ・・・アキちゃんは21歳。

「あたし帰らせない系だよ!聞~か~せ~て~よ~勇気くんの恋バナさぁ?」

「・・・何話せばいいの?さっき彼女出来たことないって言ったでしょ?」

「じゃあ、好きな女の子の話。な~んか匂うんだよねぇ、忘れられない女の子がいる系の。」

「・・・とりあえずさぁ、『系』はもうナシの方向で・・・何から話そうねぇ。」

「素晴らしきあたしの嗅覚!!やっぱりいるんだね、忘れられない人が!!あっ!『系』はナシの方向で了解!!」

「話しだしたら長いかも・・・もう一杯コーヒー買ってきてからにしていいかな?」

「全然、OK!!ってか、あたしのコーヒー完全に冷めちゃった。一口も飲んでないのに~。」

「ついでにアキちゃんのも買ってくるよ。何にする?」

「ありがとう!!センパ~イ!!あたし『アキちゃん』は、ホットのキャラメルマキアート!!」

「了解!!」

センパ~イ!!って・・・
さっきは同級生って言ってただろ・・・
何でこんな流れになってんだろう?
シャレたカフェがたくさんある自由が丘で敢えてスタバに入って読書する、
日常と変わらないことを僕はやっていただけなのに・・・
誰かに話してみたかったのかな?本当は・・・
アキ・・・アキちゃんになら何でか話してもいいような気分になった。
そんな言い方したらまた怒られるかな?失礼な発言だって。
話をしだしたら長くなりそうな気がするもんなー。
どんな時もカフェモカがいいと思ってたけど違うかな・・・
自分がメインで誰かに話をする時はシンプルに『今日のコーヒー』をブラックで飲むもんかも・・・
そんなことに今気付くぐらい僕は誰ともスタバに来たことがなかったのかな?
スタバは僕にとっての日常のひとつだけど、
それは『自由が丘のスタバでカフェモカを飲みながら読書をする』という、
たったそれだけの切り取られたモノでしかないのかもしれない。
でも、きっとこの切り取られたモノでしかない瞬間は僕の中にずっと残るモノになるだろう。
それが僕にとって大切な瞬間だから。
それはまるであの日の『さくら』との時間、その瞬間と同じように。