なぜか好きな物語には決まってカエルが登場する。
もちろんその物語にカエルが登場することなど知らずに読み始めるのに。
日常、私はカエルに興味などない。
興味がないどころかむしろ嫌いである。
嫌いという強い意志概念を持っているそのことさえを興味と呼ぶのだとしたら別だが。

桜が咲き始めたこの2、3日。
通勤に使ういつもの土手で毎日遭遇する。
暖かくなり始めたところで、一度グッと気温が下がり開花する桜。
そんな季節なので、言ってもまだまだ当然のことながらジャケットは手放せない寒さだ。
なのに、それなのにだ。
2日・・・いや3日だ。
3日続けて私の前に突如として現れる。
1日目は流石に当たり前に普通に驚いた。
こんな季節に突如として目の前に現れたのだから。
水の流れの少ない川を瞬きすることもなくただじっと眺めているその姿を横目に通り過ぎた。
2日目もまた驚いた。
ただその驚きは1日目のそれとは違う驚きだった。
体ごと私の方を向き、じっと見つめて来たのだ。
完全に目と目が合っていた。
29年生きて来た人生で一度も経験したことのない経験だった。
そして3日目。
今朝のことだった。
私は道を見失った。
いや、正確には道が見えなくなっていたと言うべきか。
私の行く手を堂々と阻む、馬鹿でかいソイツ・・・カエルがいたのだ。
今日も通勤で使ういつもの土手のいつもの場所にカエルがいることを想定しながら来た。
が、想定外だった。
いつもの・・・普通のサイズではない・・・
周りを見渡すが誰もいない。
おかしい。
いつもと同じこの時間帯に誰もいないなんておかしい。
同じ時間の電車に乗るビジネスマンや学生の誰もがいない。
いや、本当におかしいのはそんなことよりも目の前にいる・・・ある・・・カエル・・・
私の戸惑いなど知る由もないのか突然カエルは大きな口を開けた。
その中には見覚えのある何かが。
その瞬間、ねっとりとピンクがかった赤い舌が私の目の前まで伸びた。
その舌の上にはパソコンが。
見覚えがあるのは当然だった。
私が家で毎日使っているモノだったからだ。
馬鹿でかいカエルは上唇から垂れるヨダレを自由自在に操りキーボードを叩き始めた。



       『これはお前の好きな物語』



頭の中でそのフレーズを呼んだ瞬間、
私のパソコンはもちろんのこと、馬鹿でかいカエルは消えた。
音はなかったと思う。
目の前にはいつもの道。
駅へと向かい左に曲がっていく道が見える。
そしてそこにはこの時間、トーストを加えたまんま自転車に乗っているいつもの学生が。
私を追い抜いていく自転車もある。
後ろを振り返れば、密かに想いを寄せているあの人の姿。
音だけじゃなかったのだろう。
あの瞬間、時間も存在などしていなかったのだろう。
私以外には・・・
会社に向かう電車に揺られながら、もう一度頭の中であのフレーズを言ってみる。



       『これはお前の好きな物語』



ニヤけたりなんかはしない。
私の好きな物語にも色々とある。
でも悪い気はしない。

カエル・・・カエルねぇ・・・

明日もいるのか?
明日はどうなる?

カエルが導く私の道。
カエルが意識させてくれる私の物語。

気をつけなければいけないことがあるのなら、
日常を広げてみることだろうか。

とりあえず今から海へ行こう。

なんだか面白い人生になりそうだ。