飛ぶこと | 想像で遊び創造で遊ぶ

飛ぶこと

大学の3年生もおわりにさしかかるころ、

音楽狂いだった僕はまわりの雰囲気に押されて就職せねばと思い、

なんとなく就職活動をした。


とある印刷会社で3次試験までいったのだけど、

他の人々はまわりを蹴落としていかに自分を目立たせるか、

みたいな空気の人ばかりで、なんて醜い世界だろうと思って就職活動をぱたりとやめた。


でもやはり就職せねば!と思い、大学のマスコミ講座へ。

先生は各出版関係の編集長。

僕は気に言ってもらったのだけど、いかんせん文才のなさがどうにもならなかった。

作文して提出して、それが帰ってきたら、赤ペンで原稿用紙にバッテンがしてあって、

「お前は中学生か!」

とだけ書いてあった。


その作文は、

「僕は○○して○○してとてもたのしかったです」

的な内容で、そう書かれても仕方のないものだった。


それでその担当の編集長のKさんに

「僕、どうしたらいいですか?」

と聞くと、

「お前デザインやってたな、その作品もってこい」

と言われたので作品集持って行ったら、

「お前はこっちの方が才能あるからそっちで行け」

と言われたので方向転換。


で、作品を持って色々な会社をまわるも、

ちゃんとしたデザイン教育を受けていないアウトサイダーを雇うところはどこにもなく、

「いいものはもってるんだけどねー、使えないよ」

というセリフだけがむなしく響く。


ようやくバイトとして某デザイン会社に入るも、

何を間違ったかそちら系のデザイン会社。

デブで病気持ちのデザイナーにいじめられる。


1ヶ月ぐらいしたら、なにやら雲行きがあやしく、

ポリスメンのガサいれ情報が入り社員の何人かはパソコン持って雲隠れ。


事情がのみこめないままに、会社に行っても

「今日は仕事ないよ、だってみんなどこかへいったもん」

て、のちのちにわかった事情は、

社長はあちらの人らしく、まあいろいろあってみなさん高飛びしたわけで、

もろくも1ヶ月そこそこで駆け出しデザイン生活は終わってしまった。



お金も尽きたので、実家に帰ってただスケボーしまくってた。



その後にまたひらってもらえるわけだけどその話はまた今度。