存在のこと
ちょうど、半年前に大好きな僕のばあちゃんが死んだ。
先月は大好きなライアル・ワトソンが死んだ。
人はいつか死ぬ。
だけど僕は今生きている。
それだけ。
それだけ、だけど日々の生活でどれだけ生きられているんだろう。
いつも思う、これだけじゃない、もっと生きることができる。
たまにある怖いくらいの「生きている喜び」。
それがずっとあればいい。
そう考えるのは人間として傲慢なのだろうか。
ちょうど今、ワトソン先生の本を読んでいる。
地球上にあるものはすべて、
多すぎても少なすぎてもよくなくて、
「ちょうどいい」のが地球にある自然の摂理で、
例えば増殖しすぎたレミングなんかは集団自殺をする。
なにごともバランスを保っているのだ。
そういうことを考えていくと、
自然とか、
人間とか、
ほかの生命体とか、
原始レベルでも、
大きな宇宙が定めた摂理のなかで動いているんだなあ、と思う。
すべてが「ちょうどいい」存在らしいから。
仮にそういう法則があるにせよ、
「ちょうどいい」より、
「めちゃくちゃやばい」ぐらいのほうが好きだ。
21グラムだったかな?
そういう存在に愛と感謝と幸運を祈ります。
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