こんにちは RootS(さくま)です。
今日は、『議論を避けようとしていないか』です。
議論を避けることで、
”大切なもの”を失うものことがあるということをお話します。
たとえば、
今、あなたは子どもと食事をしています。
すると、子どもがコップの中の水をじっと見つめて、
「水はなんで透明なの?」
と質問しました。
あなたは、どのように答えますか?
① 「そんなことはいいから、早く食べちゃいなさい」
⇒ 食事中のおしゃべりを注意する。
② 「水が透明だなんて当然でしょ」
⇒ 水とはそういうものだと決め付ける。
③ 「なんでだと思う?」
⇒ 子どもと一緒に考えようとする。
あなたはどれを選びましたか?
現実的には、①が多いようですね。
忙しくて時間がないことが多いとそうなってしまいます。
①や②を選んだ人は、要注意かもしれません。
なぜでしょうか?
■「当たり前」という状態は、「思考停止状態」
普段の生活では、思考を深く巡らせなくてもほとんど困らないことが多いです。
常識や当たり前なことをいちいち疑問にしていては、無駄なのかもしれません。
むしろ、その方が上手くいくことのほうが多いのかもしれません。
周りから「面倒なやつだ」と思われるのも嫌ですからね。
しかし、
「なぜ水が透明なのか?」にきちんと答えられる人はどのくらいいるだろうか。
子どもの問いに対して、真正面から答えているのはどれだろう?
論点をすりかえていないか?
普段、思考しない人がいざ思考しようと思っても難しいですよね。
常に、思考する習慣があれば周りとの調和を考えつつ思考を停止させることはカンタンです。
だから、
(学校や会社では嫌われてしまうかもしれないので)
身内での議論は徹底的にやるべきです。
<議論するメリット>
・ 理由を正しく説明すれば、理解できる子どもになる。
・ 怒るよりも叱ることで、冷静に対処できる。
・ 子どもが、自分で判断できるようになる。
・ コミュニケーションが取れて良い。
・ 他者意識・思いやりを持てる。
普段から、議論に慣れていれば、
電車内やレストランで騒ぐ子どもをつい怒鳴ってしまったり、
子どもが悪の道にそれたり、いじめられたり、
何か困ったことや、急な事故で重要な判断を迫られたとき、
自分や家族、周りの人たちを助けるアイディアが持てるようになります。
ぜひ、時間を作って議論してみてください。
最後までお読みいただき、
ありがとうございます。

