劇団√6 第3回公演『Flowers』


 終了しました。

 ご来場ありがとうございました。


 今回は劇場でなく、生涯学習センターの講座室という会議室のような場所を使い公演を行いました。

 劇場のようにガッツリ照明を吊りませんし、客席も多く取れるわけではありません。

 その代わり手軽さがあります。お金も劇場借りるほどかからない。全然かからない。


 そして、今回はオムニバス公演。

 1つのお話をやるのではなく、短いお話を幾つか集めてやる形式にしました。

 これは、稽古になかなか人が集まらない為、選択した道でした。

 短い話を少人数(2人)の役者で作って行く事で、人が集まらずとも稽古できるようにしました。

 が、2人で短い話をやるにしても、片方がなかなか稽古に出て来れないケースが多く、結局代役を立てて作っていくハメになりました。意味ナシ。


 今回仕込みがギリギリでした。

 稽古もギリギリで作ってましたが、仕込がバカみたいにギリギリでした。

 

 しかしナントカ乗り切れました。

 乗り切れました?



 とにかく芝居は自分と向き合うものなのだなとこの公演でゲンナリする程感じる事ができました。

 役作りに自分の人生を反映させなくてはいけないとかも、まぁそうなんでしょうけど、稽古の時です。


 その場面の登場人物の気持ちがどんなものか説明するのに映画を例に出す。伝わらない。じゃあ例えばこんな経験はないか?とあーだこーだ説明する。伝わりづらい。実際自分で動いてみる。役者はまだしっくり来ない感じ。

 どんな事が分からないのか?実際説明を受けて、動いて見せたものを見てどう感じているのか。

 経験も感じ方も人それぞれで、どうしたら納得してもらえるのか。

 また役者をやっている人達は皆それぞれ仕事を持っています。

 その仕事の休みを調整して稽古に参加してきてくれてます。

 中には夜勤のある仕事に就いていて夜勤明けにそのまま稽古に出てくる者もいます。

 いつもいつも楽しく稽古場に来ているわけではないです。

 休みたいなぁと思っている時もあるでしょうし、こんな事やってるの馬鹿馬鹿しいなぁなんて思う事もあるでしょう。そーゆーのは稽古に来た時顔に大体書いてあります。

 テンション上げて稽古場に臨むのは役者の仕事だとも言えます。

 逆に、稽古の場を良い具合の雰囲気にするのは演出の仕事とも考えます。

 やる気にさせるにはどうしたらいいか。

 役者といってもウチは社会人劇団ですから、役者でメシを食べていくわけではないです。仕事をやりつつ役者をやっています。そんな人に対して、如何にして役者、芝居に価値を持たせるか。この稽古は、芝居はアナタの人生にとってやる価値があるのだと如何にして伝えるか。

 そんなことが必要になってきます。

 そして、それを伝える為には如何に自分は芝居が自分の人生に価値があるものだと信じていなくてはいけません。

 人と相対しているのに、その人に何か伝えようとすると自分が見えてきます。そしてその人に伝える為にはまずその前に立っている自分を打ち破る必要があります。

 

 どこを向いても自分がまず立ちはだかります。

 色んな形で「お前はどうだ?」と聞いてきます。「どれだけ自分を信じているのか?」と。

 自分を信じるって言葉どおり、自信があるかどうかなんですね。

 自信て何に裏付けられてるかっていうと、日々の暮らしなんですよね。

 どんな暮らしをしているかに裏打ちされている。


 だからどんなに自分を大きく見せようとしても、自分の繰り返している日常以上は大きく見せることなんて出来ないんです。

 そんな虚勢を張ったとしても、結局自分で気付いてしまいます。それに気付くと物凄く虚しくなります。

 こんなもんかーと思います。

 しかし、もしそんな事を思ったのが稽古場だとしたらそんな気持ちを前に出したら負けです。人に何も言えなくなってしまう。

 だから密かに心の後ろのほうで自分を呪います。もっとまともな人生おくっとけばなぁなんて思ったりします。


 そんなわけで芝居の怖さを改めて知ることができました。