撮影日:2017/2/15
親日国トルコと日本との今日に至る友好関係のきっかけはご存知ですか。
少しばかり歴史の話です。
1887年に日本の小松宮彰仁親王殿下の訪問を受けた
当時、オスマン帝国(トルコ)の皇帝はその返礼として、特派使節を日本に派遣しました。
巡洋艦「エルトゥールル号」が横浜港に到着し、熱狂的な歓迎を受けたといいます。
明治天皇に謁見し、トルコ最高の名誉勲章を奉呈した使節団一行は、3ヶ月間、日本に滞在し、各地で盛大なもてなしを受けた(※1)。
そして1890年9月16日、トルコに帰還する途中で事故が起こりました。
暴風雨に遭遇し、和歌山県串本町の紀伊大島沖で
船甲羅とよばれる岩礁に座礁し、沈没したのです。
この事故で587名が亡くなりましたが、村民の献身的な救助活動で69名を救うことができました。
その後、墓碑と遭難追悼碑が建てられ、
遭難者遺族への慰霊金や生存者の送還にも日本人は尽力をしたといいます。
まだまだ話しきれないエピソードがありますが、
この出来事がきっかけで1985年トルコ航空の日本人216名救出としてつながってくるわけですね。
だいぶ端折りましたので、ぜひ調べてください。
撮影日:2017/2/15 トルコ記念館
2015年6月4日からリニューアルオープンされたそうで
中はきれいで、貴重な資料や遺品等が展示されています。
撮影日:2017/2/15 遭難場所
撮影日:2017/2/15 遭難場所
奥にある岩礁が船甲羅
撮影日:2017/2/15 樫野埼灯台
漂流した乗組員は、灯台の光を頼りに断崖をよじ登り助けを求めました。
撮影日:2017/2/15 トルコ軍艦遭難慰霊碑
2015年製作の日本・トルコ合作映画「海難1890」がやっていましたので
DVDを観ていただくとより一層理解が深まるかと思います。
今なお続く友好関係は、後世にも受け継がなくてはならないと感じます。
恩を仇で10倍にも100倍にも返してくるどこかの隣国とは違い、これこそ国家間としてあるべき姿だと日々感じる次第であります。
抜粋
※1 谷 奈々(2010).エルトゥールル号事件にはじまるトルコと串本町の友好 和歌山社会経済研究所
参考文献
日本 外務省 特別展示「日本とトルコ―国交樹立90年―」Ⅰ エルトゥールル号遭難事件 ―日本・トルコ交流のはじまり― 概説と主な展示史料(2014年5月13日)(最終検索日:2017年3月9日)
トルコ記念館とトルコ軍艦エルトゥールル号遭難慰霊碑 串本町観光協会(最終検索日:2017年3月9日)
トルコと日本 友好の原点は和歌山です 和歌山県ホームページ(最終検索日:2017年3月9日)





