篠原美也子文庫
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篠原美也子文庫
第十夜
1994/08/24-1994/09/21
【真夜中のSF小説】
【奇妙な一日】
【1】
<記:篠原美也子:※鷺沢萠
http://homepage1.nifty.com/meimei/
R.I.P>
1994/08/24
カップから立ち上るコーヒーの湯気で、
鼻の毛穴が開くような気がした。※
どこか開放感に似たその感覚に一瞬目を閉じた後、
柳沢公平(やなぎさわこうへい)はおもむろに、
黒い液体を一口含んだ。
濃い、苦い、おまけに熱すぎる。
15年に垂(なんな)んとする結婚生活だが、
朝のコーヒーをめぐっての戦いは、
新婚わずか六日目にして妻の富子に軍配が上がっていた。
「寝込む」のである。
拗ねて仮病を使うというのではない。
本当に熱が出て、具合が悪くなるのである。
元来猫舌で、カフェインが得意でない柳沢であったが、
六日目についに根をあげた。
「飲む、飲みます」
こうして、新婚七日目から今日に至るまで、
朝のコーヒーは柳沢にとって一種の儀式になった。
朝のコーヒー如きで、寝込まれてはかなわない。
それ以外はいたって普通の妻である。
唯一のご自慢がコーヒーなのだから、目を瞑るべきだ。
「おはよう」
中二の一人息子、陽平が食卓についた。
「おはよう」
柳沢はもう一口、コーヒーを啜った。
いつも通りの朝だった。
【2】
<記:ボウリョクキゾク>
1994/08/31
軽い食べ物が食卓に並び、
順調に朝食が進む中、
今日が燃えるゴミの日であることを、
柳沢は妻に指摘されて始めて知った。
ゴミ出し当番を勤めているのは、
柳沢自身に他ならない。
最近になってそういう伝統が形作られたのである
妻が言うに、世間体を気にしてゴミ出しをやらせないというのはもう、
過去のものらしい。
その結果として、柳沢には、ゴミ出しという
重要な任務が課せられる事となったのだ。
「情けない。」
つい柳沢は愚痴をこぼしてはみるものの、
あの儀式と同様、結局は従わざるを得ない。
「ごちそうさま、行ってくる」
急ぐようにして食事を済ませた陽平は、
備えていた荷物類を手際よく持つと、
足早に食卓から離脱した。
陸上部の朝というものは、それなりに早いようだ。
柳沢もそれに促される形で朝食を終えると、家を出た。
「行ってらっしゃい」
今でも妻が玄関先まで出てきて見送ってくれる。
紛れもなく、いつも通りの朝だった。
【3】
<記:コケティシュ>
1994/09/07
柳沢は少し早歩きで、駅へと向かった。
柳沢にとって、いつもと違う時間の電車に乗る事は、とても嫌だった。
柳沢は駅に着くとホームを見回した。
喋ったことのない見覚えのある顔が、いつもと同じくいた。
こうして電車を待っていると、必ず部下の前田が声をかけてくる。
「おはよう」
やっぱり声をかけてきた。
柳沢は「おはよう」と、
いつもと同じく答えた。
二人は満員電車に、車掌に押されながら、何とか入れた。
柳沢はいつもと同じ電車にのれたことにひとまず安心した。
だが、そのとき、柳沢は何かいつもと違う、
いや、違っていることに気がついた。
何が違ったかしばらく解らず、
二駅が過ぎたとき、ハッとした。
確か前田は自分の部下だ、
それなのに前田はホームで「おはようございます」ではなく、
「おはよう」と言った。
まるで、友達や恋人にでも言うように。
柳沢は、ただの言い間違いだと思おうとした瞬間、
隣にいた前田が耳元で言った。
「今日も綺麗だよ」
【4】
<記:キイロイイヌ>
1994/09/14
柳沢はこれを、性質(たち)の悪い、冗談だと思うことにした。
しかし、上司に下らぬ冗談を言う前田に、注意をしなければ、
柳沢の気が済まなかった。
勤める上村工業に着くと、
柳沢はいつもの係長の席に着き、
午前中は書類を片付けていた。
昼、柳沢は朝の注意をしようと、
前田を喫茶店に呼び出した。
「朝の冗談は何かね?」柳沢は少し声を荒げてみせた。
「会社ではいわないようにしていたけど、
君の顔を見たらたまらなくなったんだ」
前田の目は紛れもなく、恋人を見るものだった。
柳沢は恐ろしくなり、会社へ逃げ帰った。
柳沢が席に着くと、
上司の奥山部長が声をかけてきた。
「柳沢君」
柳沢の耳元に近づいて言葉を続けた。
「綺麗だね。愛しているよ」
柳沢は身動きが出来ずにいると、ひとりのOLが呼びにきた。
「柳沢係長、上村社長がお呼びです」
柳沢が社長室に入ると、後ろから抱きつくものがいた。
「公平ちゃん、カワイイ」
上村社長であった。
【5】
<記:PN ドニーチョ>
1994/09/21
柳沢は、とっさに社長から逃れ、
社長室を飛び出した。
部下の前田といい、奥山部長といい、
よりによって社長まで。
柳沢は何がなんだか解らず頭を抱えた。
仕事を終え、帰宅途中、柳沢は妙な視線を感じながらふと、
一つのアメリカンジョークを思い出した。
《ある男が数人の美女と一緒で
全員が全裸という夢を見て、
困惑して医者に相談したところ、
医者は何が不都合なのか?と聞き返した。
すると、その男は言った。
「私も女だということです」》
というものだ。
柳沢は家に着くと
自分の姿を鏡で確認した。
そんなことがあってたまるかと思いつつも、
鏡の中のいつもの自分の姿に、内心ほっとした。
いつも通りに家族三人で食卓を囲んでいると、
息子の陽平が言った、
「ねぇ、お母さん。僕とお父さん、どっちが綺麗?」
「洋平の方が可愛いし綺麗よ」と、
妻の富子が答えた。
柳沢は頬を硬直させ、立ち上がって叫んだ。
「もっと綺麗になってみせるわ」
[完]
採用+最終選考
【1】
1994/08/24
<記:篠原美也子/鷺沢萠>
【2】
1994/08/31
<記:PN ボウリョクキゾク>
最終選考
カッチョマブー
ザリガニ
オガワゲンノジョウ
ロドリゲスタカハシ
ジャニスノマルメガネ
【3】
1994/09/07
<記:PN コケティッシュ>
最終選考
ザリガニ
オガワゲンノジョウ
ヌーンサルト
スズメ
シティボーイジュン
ドーバーカイキョウフユゲシキ
ムカイカゼ
ジャニスノマルメガネ
ワタルヘンドリックス
キイイロイイヌ
【4】
1994/09/14
<記:PN キイロイイヌ>
最終選考
ナナミヤキヨカズ
ヌーンサルト
サトウ
ムカイカゼ
ジャニスノマルメガネ
【5】
1994/09/21
<記:PN ドニーチョ>
最終選考
ヤクマンキゾク
アタリマエダ
ジャニスノマルメガネ
オガワゲンノジョウ
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