【365日の毎日ストーリー】〜物語を考えるきっかけ〜
23/365の毎日ストーリー(2019/7/30)
今日はとても暑かったです。現場に行くと、今はみんな空調服を着て涼しい顔をしています。今や建築現場を知っている人なら空調服の存在を知らないくらいメジャーなものになっています。だけど、自分は持ってないんです(><)
では、空調服って一体どういうものなの?という問いに答えると、服に小型ファンがくっついた服の中に風を通す服のことです。充電型小型バッテリーを服の内側ポケットにしまい、配線でつなぎファンを回します。それで、どれだけの効果があるのかと着たことがなければ?と思う人もいるでしょう。真夏の暑い日には人から汗が出ます。体温調節の上で大切な生理機能です。その汗が気化する時に肌は涼しさを感じます。ファンで、体の表面に風を流すことによって、気化熱で涼しく感じられるんです。風が手首や首筋から出て行く感覚は、真夏のじりじりと照りつける太陽の元、少し幸せを感じます(^ ^)
一度着たらやめられなくなります。現場関係者だけでなく、この活気的なアイデアを一度着てみて体感すると世界観が変わりますよ!
今日は、地域の教育に携わる事になった事や、地域の開発に市民として地域協働のために継続議論していこうと旗揚げした事などを報告してました。その時に、「物語」の思想や物語を使った事業をなぜ思いついたのかをお話しさせてもらったので、このストーリーにも改めて書いて見ようと思いました。
【物語を考えるきっかけ】
「物語、ストーリー」を自分の思考、行動の根幹に据えようと思ったのは、去年の秋でした。ある日突然これだ!って降りてきたのです。
でも、ストーリーに至るまでにある事が伏線になっていることを今日改めて、人とお話ししました。それは、「居場所」という言葉でした。今から2年ちょっと前、恥ずかしいですが暴露すると、ほぼ毎日車に乗って仕事をしている自分ですが、自動車運転の違反で免許停止になってしまったのです。
その免停の期間が実質なんと45日。車を乗り始めてから、45日もの長期間車に乗らなかった日なんてなかったですから、本当にその時は車のありがたさを実感しました。
そして、こういう時に限って外出する予定が多いんですよね。今まで車で出かけていたところも、電車に乗って歩いて行きました。この歩くという行動は、時に新しい発見をするきっかけにつながるのですね。
今まで、気が付かなかった風景が自分の目の前に光景として現れました。ゆっくりとです。だから、自分は見る景色を「問い」を持って歩こうと思ったのです。
せっかく歩く機会を得たのだから、歩いて見える「モノ」に自分の目線をフォーカスして、多くのものを見ながら「問い」を自分で作りました。
人がなぜか集まっている場所。ただ単に足早に過ぎ去る人の通り。くつろげる場所であったり、見ようとして見たら色々なものが新鮮に見えてきたのです。
大きな木陰を持つ大樹の下のベンチには、人がよく佇んでいました。また、ベンチの空間でも広すぎると居心地が悪いみたいで人はいません。藤棚があり、その下は気持ち良さそうですが、ベンチがないので誰もいません。
暑いのに、外人さんたちスタバの外の椅子に敢えて出て腰かけていたり、人工芝の緑にたむろする学生たち。平坦な遊び場より、山になっている場所にわざわざ登る若者たち。
色んな「人」と「場」の光景が自分の目に飛び込んできたのです。
そうか!と思いました。「場所」っていくらでもあるけど、人が敢えている場所は、その人にとって「居場所」なんだと思いました。この「居場所」って、人が心地よく、気持ちよく過ごす事ができる場所や、そうでない場所まちまちでした。
人が居るには居る理由が。居ない場所には居ない理由があると思ったのです。そうしたら、単なる人が居ない場所もデザイン次第で「居場所」に変わる可能性があると直感しました。
それは、街の中の外部空間だけでなく、住宅やお店、会社でも一緒だと理解しました。そしたら、建築の設計も「場所のデザイン」ではなくて、「居場所のデザイン」にしたら、人が寄ってくる、人が居たいと思える「空間」をたくさん作れるのじゃないかと思いました。
そこで、自分の設計やデザインのコンセプトの軸は「居場所のデザイン」にしようとその時に思ったのでした。怪我の光明とでも言えるでしょうか。
そうすると「居場所のデザイン」の考え方やデザイン手法、場所を見る観点などをまとめて伝えたくなりました。それが、自分が「居場所のデザイン」を「家庭」「学校」「職場」「地域」で手がけたいと思った理由の一つです。
その後、ぼちぼち自分の中で体系化していくように少しずつ発信して行きました。でも、自分の伝え方が下手だったのか、あんまり人には伝わらなかったのですね。
これを一番先頭に出して人に関心を持ってもらうより、何かをする時、何かの発信時に手法として見せて行けばいいんだと思うようになりました。
そんな風に思うようになって、しばらくした時に「物語」という言葉が降ってきたのです。
「そうなんだ、居場所には人が必ず居るけど、そのデザインということになると、ビデオ撮影でいうと動画の一部を切り取った静止画を見ることにしか見えないのではないか」と感じました。
人が居るからには、また、そこで人が時間を費やすからこそ、居場所になるのであって、デザインがあるから居場所になるんではないんだと思いました。
そうしたら、人が居場所と思える場所で何を培って居るのか。これこそが「物語」だったのです。
物語は、人の時間を通して語られます。「場所」には「時間」を表現してこそ、「人の居場所」になるんだと確信しました。「人の時間=物語」であったわけです。
であれば、自分が人の暮らしをサポートしたいという思いも、生涯通して人が育まれていくためには、「家庭」「学校」「職場」「地域」の関係性は切り離せないものと常々思ってましたが、人を中心にして考えると「物語、ストーリー」という言葉が一番しっくりきたのです。
物語を育む場を人が自分の居場所だと思えて、そこの場をよりよくしていくための手法として、「居場所のデザイン」があるんだと思えました。
これが、私の使命にも思える行動の根幹になったきっかけの一つです。
「物語=ストーリー」は、人と居場所にとって無くてはならないものです。
こういうことを今日改めて、人とお話ししていて、確認する事ができました。