「有能な人を昇格させたい」は建前である
組織論の教科書には、こう書いてある。「昇進は実績と能力によって決まるべきだ」と。しかし、実際に中小企業やオーナー色の強い組織で長く働いた者なら、薄々気づいているはずだ。この建前が、現実にはほとんど機能していないことに。
昇進を決めているのは、多くの場合「能力」ではない。管理職気質を持つ人間が、無意識に、あるいは意図的に探し求めているのは、「自分のために動いてくれる人」である。この一文が、組織内で起きている理不尽さの大半を説明してしまう。
経営者が本当に欲しいもの
経営者やマネジャーが口にする「理想の会社にしたい」という言葉は、たいてい美しく聞こえる。しかしその内実を分解すると、もっと生々しい欲求が顔を出す。
- 承認欲求を満たしたい
- 支配欲を満たしたい
- 正論を突きつけられたくない
これらは決して特別な人間の特殊な欲求ではない。程度の差はあれ、誰の中にもある。問題は、この欲求が「人事」という組織運営の根幹に、そのまま反映されてしまう組織が存在するということだ。
そういう組織では、昇進の基準は静かに書き換えられる。「組織にとって有益かどうか」ではなく、「自分にとって都合が良いかどうか」に。
昇格するのは、誰か
この基準の下で昇格していく人物には、共通した特徴がある。
第一に、手柄を差し出せる人だ。 実務で結果を出しても、それを「自分の成果」として提示せず、「あなたのおかげです」と帰属先を操作できる。実際に問題を解決した人間ではなく、解決を上司の手柄として演出できる人間が評価される。
第二に、情報を選別できる人だ。 都合の悪い事実、リスク、批判的な意見を、そのまま上げない。正論をぶつけるのではなく、まるで上司自身が気づいたかのように、そっと誘導する技術を持っている。
第三に、外部で評価されない人、あるいは評価されても隠せる人だ。 社内の管理が及ばない場所で本人の株が上がることは、管理職気質の人間にとって最も居心地が悪い事態のひとつである。だから、そうした評価の芽は歓迎されない。
第四に、支配されることに苦痛を感じない人だ。 従うこと、指示を仰ぐこと、自分の判断を差し控えることに、抵抗がない。むしろそこに安心を見出せる人間ほど、上司にとって扱いやすい。
こうして並べてみると、ひとつの結論に行き着く。昇格するのは、有能な人ではなく、「自分のために動いてくれる人」である。
皮肉な逆転現象
さらに興味深いのは、組織内の力学における逆転だ。普通に考えれば、地位が上がるほど経営者との距離は縮まるはずである。しかし実際には、逆のことが起きる。
上層部にいる人間ほど、経営者との言葉のやり取りを避けるようになる。彼らは現場の実態や数字を把握しているがゆえに、話せば話すほど、正論や不都合な現実を突きつけてしまうリスクを抱えているからだ。積み上げてきた地位があるからこそ、失うものも大きい。
一方、末端の社員ほど、気軽に経営者に話しかける。彼らはまだ経営の全体像を知らず、意図せずして「心地よい話し相手」になれる。世間話や素朴な相談は、経営者の承認欲求をなんの摩擦もなく満たしてくれる。
つまり、組織図の上下関係と、経営者との心理的な近さは、しばしば反比例する。
なぜ、有能な人はそのまま留め置かれるのか
もうひとつ見逃せない構造がある。経営者にとって、有能な人材を昇格させず「使われる側」に留め置くことは、実は短期的には合理的な選択なのだ。
有能な人材は、実務を安定的にこなしてくれる。だが、その人材を「使う側」に引き上げれば、権限を得た彼らはやがて正論をぶつけてくる存在になりかねない。ならば、実務の恩恵だけを享受しながら、地位は与えない。そのほうが都合がいい。
この戦略は、ひとつの楽観的な前提の上に成り立っている。「有能な人材は、それでも辞めないだろう」という前提だ。
しかし、この前提はしばしば検証されないまま放置される。有能な人間は、いずれ構造に気づく。気づいた人間は、金銭的な対価よりも「使う側であるという位置」そのものに価値を見出し始める。社内で得られないなら、外部でその位置を確保しようと動き出す。副業、兼業、外部団体での役職、あるいは独立。経営者が最も恐れていた「有能な人材の離脱」は、経営者自身が育てた土壌から生まれる。
この構造は、どこでも起きるわけではない
ただし、ここまで述べてきた話は、あらゆる組織に当てはまるわけではない。
この構造が強く成立するのは、経営者個人の裁量が強く、評価制度が属人的で、かつ経営者が社員一人ひとりの存在をある程度直接認識できる規模の組織――おおむね中小企業やオーナー経営の会社である。株主や取締役会によるガバナンスが機能し、評価が客観的な指標によって制度化されている大企業では、この歪みは一定程度緩衝される。
裏を返せば、中小企業における昇進の難しさの本質は、能力の欠如ではない。能力の高さは、昇進の十分条件でもなければ、必要条件でもないのだ。
おわりに
「なぜあの人が昇格して、自分は昇格しないのか」という違和感を抱いたことがあるなら、その答えは、能力の比較の中にはないかもしれない。答えは、もっと単純なところにある。
管理職気質の人間は、常にこう探している。
「自分のために動いてくれる人はどこにいるか」と。
そして、その問いに応え続けられる人だけが、能力とは無関係に、静かに引き上げられていく。