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美和のブログ

美和のブログです。

【ルームカフェ美和、自由空間しおん】は2022年10日10日より
「二子玉 しおんtake2」として二子玉川に移転、生まれ変わりました。
よろしくお願いいたします。

https://shiontake2.wordpress.com

 

 

今僕の手の中に有る直径4㎝程の少し重みの有る銀製のメダル状の物は実はメダルでは無くて、2枚の銀の板をバネで物を挟む様にしつらえて有る道具だ。

 

一体何を挟むので有るか?。

普通は解らない。

非常に特殊な道具と言える。

 

表には、筆記体でmと僕の父のイニシャルが線彫りして有って、その所有が誰に帰すかを示して居る。

 

其の用途はと言うと文字通り、マネー(紙幣)をクリップ(挟む)のだ。

いちいち紙幣を財布から抜き出しするのでは野暮、去りとなく机の上に幾ばくかの紙幣を挟んで、意に介さぬ、正に旦那(紳士)の小道具と言えるので有るが、子供の僕は此のクリップが父の机の上で数枚の紙幣を咥え込んで居る所はついぞ見たことは無いから、単に商品のサンプルと言う事だろうが、いつの日か顎の外れる位のお札を咥えさせたいと想って居る。

因みに裏は金槌で叩いて凹みを打ち付けた槌目に成って居て、旦那の小道具として渋い味を演出する。

物に負けない旦那は大変だ~。

 

2024年7月25日

 

 

 

 

 

僕はデブで出不精な者だから外国に行くのが苦手で有るので、外国の物に人一倍憧れてしまうのだ。

ダカラお土産を頂くと嬉しいので有る。

特に、此からの僕の人生で絶対行く事が無い所から来た物は、極めて嬉しく愛しい。

其の様な彼の地に気軽に出掛けて行く若いかたが居ると実に羨ましいので有る。

増して、お土産は何が良いと聞かれると成るべく軽くて安い物にお願いします。

と答えてしまうのであるが、さすがに絵ハガキと言うのも芸が無いので、外国の其の国の名物で、立体造形の物をお願いする。

この度はデンマークに行く若い方に希望を聞かれたので、僕の貧しいデンマークの知識から出たのが人魚姫に因む物のをお願いした。

 

 

人魚姫の像はコペンハーゲンの港に有って余りに有名だから、お土産も有るだろうと想って待つ事暫し、注文通りの小振りな人魚姫の像(フィギャー)がもたらされたので有る。

しかも実物の写メもいただいた。

 

 

同じ構図で天才画家の山下清さんも描いて居て、此方は絵ハガキながら手元に有るので、行く事が無い遥か彼方の人魚姫に想いをはせる夏の日。

デンマークの気温20度代だって~。

2024年7月30日

 

 

 

 

 

 

暑い

 

 

 

 

昭和34年の僕は小学3年生で町会の子供会に属して居て、ミソッカス(員数外)で年長者の6年生に従うのみで有る。

 

ハイ其の通り。

 

何でも年長者の言う事を鵜呑みにして夏休みを過ごして居て年長者に後に付いて町内を歩き回る。

 

散歩は良い。

お金がかからないで暇潰し出きる。

 

すると家に近い中原街道を歩いて居た時に、町内の子供会の年長者、6年生のナラの兄ちゃんが真顔でお前黄色い救急車見たこと有るか?。

そう聞いてきた。

 

幾ら小学3年生でも救急車と言えば白いに決まった物だ~

そう言うとナラの兄ちゃんは、だからお前はガキ(世間知らず)なんだ。

そうしたりがおで言うので有る。

 

いいか。

黄色い救急車は気がおかしくなった人間を精神病院に運ぶ専用の救急車何だから、世間知らずなお前が知ら無いと言うのも無理は無い。

 

オホン、だから教えてやるのだ。

乗せられたら都立の松沢病院に連れていかれるんだ~。

小学3年生のチンパンジー頭の僕でも何だか都立松沢病院の名前は知って居て、怖さの対象と成っては居た。

ん~

専用黄色い救急車が有るので有るか。

新しい知識で頭が一杯になったチンパンジーは家に帰ってオレンジ色のワタナベのジュウスを飲んで日常(平静)を取り戻すので有った。

 

その後幾年月重ねた今も街中で黄色い救急車を見たことはついぞ無いが、たまに僕の頭の中をサイレンを鳴らしながら疾走するが大概は真夏の極暑い日の昼間のイメージの世界での事と成って居る。

 

がしかしながら、もし黄色い救急車のミニチアカーを見かけたら買ってしまうだろうな~。

狂気は少し魅力的だから、都市伝説と成って居るのだろう。

2024年7月29日

 

 

 

暑い

 

家の割りに近くに桐ケ谷と言う地名の所が有て江戸時代の昔依り葬儀の地として火葬場と成って居て常日頃火葬の煙りがたなびいて居て、其の有り様があたかも谷に掛かる霧の様な所から江戸時代の初期には「霧ヶ谷・きりがたに」と言う地名となったがのちに余りに余りに寂しいと言うので土地の人々が霧を植物の「桐」の字に置き換えて「桐ケ谷」としたらしい。

 

あたかも湿地帯の葭の原(よしのはら)を寂しいから吉の原「吉原・よしわら」よいはらと改めて歓楽街として賑やかな土地とした言葉遊びに似て居る。

 

と言う事から葬場の地に急ぐ棺を乗せた車、霊柩車に良く出くわす事が夏休みの町内会の子供会散歩の折りに有る。

すると年長者6年生のナラの兄ちゃんは後ろをゾロゾロ歩く子供会の面々に向かって号令いっか、手を親指隠し握りしろ~。

 

兄ちゃんは戦争物が好きだから命令が上手いのだ。

 

前から御輿か山車車の様な屋根をした金箔押しの車霊柩車が子供の前を通り過ぎる迄握らせるので有る。

 

車が物の10メートル程行き過ぎると、親指出してよーし。

 

親指を出して良いと号令をかけるので有る。

勿論チンパンジー頭の僕には何の事だか解らないので有るが何らかのタブー(まずい事態)で有ると察しは付くので、まんまの行動をとる。

 

しかしながら一抹の疑問は残るので兄ちゃんの機嫌の良い折りに、何故親指を握り隠すのかを質問した。

 

すると兄ちゃんは親指は親を表して居るので有るから霊柩車に親が引っ張られるといけないので、親を隠すんだと真顔で言う物だからすっかり僕はその気に成って、家に着くまで親指握りグーで帰った物だから手に汗を握り絞めて台所で母親にカルピスをねだって甘酸っぱい初恋の味ならぬ安心母の味を堪能した夏休み。

2024年7月29日

 

 

暑い

 

 

だからと言う問題なのだが。

 

自宅の庭に大小二匹のヤモリが居着いて居て、夕まぐれに居間のガラス戸に張り付いてなにがしかの獲物を狙って居る。

 

そんな所で商売に成るのであろうか?。

そう想いつつ見て居ると過日、大きな方が何かを咥えて、ゆるゆると頭を横に振って居る、何やら白い蛾の様だ…。

まるでワニが獲物に食らい付く仕草にも似て興味深い、余りに小さな野生の王国を目の当たりにして配偶者と顔を見合わせて、生命が生命を頂くと言う厳粛な場面を見入りながらもガラスの向こうのヤモリも少しは商売に成って居て良かったと思う宵だった。

 

ヤモリは文字通り、「家守り」で、諸種の昆虫の進入を補食して防いでいてくれる大切な生物だ。

 

少しは増えてくれると良いので有るけれど、中々増えないが良く見ると何やらお腹の辺りが膨らんで居るので卵かと期待して居る。

 

生命が命を頂いて命を増やすと言う不思議を見る宵。

 

2024年7月10日