イ、
世の中の如何にもし難い、手も足も出ないと言う事態の表現として、江戸の昔から昭和の30年代まで僕の育つた下町では「達磨・だるま」だょ…。
と大人達が良く話して居た。
取引先が倒産してさ、達磨だ~。
どうしょうもない~。
仕方ない事態だ。
手も足も出ない。
尊敬して居るはずなのに達磨大師を使って悲惨な事態表現をする。
そこに何だか庶民的切り返しの思考の一端を感じる。
(神も仏も有るものか)
似た様な表現に「阿弥陀も、金で光る世の中。」なんて言う警句(けいぐ)も有る。
有り難い仏も木依り金色の方がが有り難がられる。
江戸も、昭和も、平成も何だか庶民は変わらない生き方しか無いと言う事だろうか?。
ちなみに、天気が荒れると如何ともし難い。
ロ、
想う様に成らないのは庶民だけでは無いようで、平安時代末の後白河法皇さんも、朕(ちん)の想うにならぬは…。
・賽子(サイコロ)の目と
・加茂川の流れに
・比叡山の法師(荒坊頭)
と嘆いて居られたそうだ。
人其々に想う様に成らない事が有ると言うこどだろう。
会社から25億円横領して豪華な生活をして居ても最後には「逃亡に疲れた、日本に帰りたい…。」
此の横領犯に一番足りなかったのは、金では無くて働く喜びだろう。
働く喜びの源は、脳の中に出きるドーパミンホルモンだそうだが此ばかりは金では買えないな~。
此には手も足も出ないな~。
2018年4月25日
ー終わり-
ルームカフェ美和
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