人に見せるとだからどをしたの?。
そう言われてしまう物を僕の宝物ならぬダカラ物として居る。
此の横30センチ以上の楕円だえん()のホウロウ看板は、昭和30年代の街角でよく見た記憶が有る。
しかしながら平成の現在では街角で見る事は皆無と言って良いだろう。
何の看板かと言うと、高く此の看板が上がった下には赤い公衆電話が有る。
公衆電話(こうしゅうでんわ)と言うのも、近日中に死語と成るのでは無いだろうか?。
・公衆衛生
・公衆道徳
なんかは国会を見ると既に死語の様子だ。
所で、なんで此のような物を欲しがるのかと言うと、記憶は日々改まりあやふやと成って行くが、物は変わらない。
したがつて、物を見るとたちまち、その物が有った街角をしっかりと思い出せる気がする。
あくまでも、気がするだけなのだが…。
暗い道を自分一人より連れが居ると心強い気がするのと同じだ。
赤電話の赤色。
看板の楕円形。
赤色の受話器を握りしめて居たお姉さん。
何だか次々と昭和が帰って来る。
打ち寄せる波のように昭和が帰って来ては、引き潮の様に又遠ざかる。
いつかしら今の平成も遠ざかり、平成を思い出すよすがが必要と成る時も来る事だろうな~。
でも、思い出せる過去を持つと言う事は幸いな事だ。
何故なら思い出したい過去は幸せな過去だから。
思い出したくない過去は不幸な過去だ。
戦争を語りたがらない人の想いは解る気がする。
どをやら昭和30年代の僕は幸せだった様だ。
そんな幸せを教えてくれる物に出逢えるのも骨董市の有り難い所。
2017年12月13日
ーおわりー
ルームカフェ美和
自由空間しおん TEL03-3782-1546


