春の轍⑥ 1 | 尾川永次のブログ

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小説、ポエム、旅日記などなど徒然なるままに行きたいと思っています

随分と日にちが開いてしまいましたが、久しぶりの掲載です。

 

                                                                      作  尾川永児

                 ⑥の1

 遠くで遊ぶ子供たちの声を乗せた風がレースのカーテンを揺らす度に

色褪せた畳に春の陽射しが零れ落ちる。

 そんな穏やかな日曜の昼下がり。
 謙三が庭に面した八畳の和室で座椅子に座り、テレビから流れる調子

外れな歌声をBGMに朝刊を読んでいると、開け放しの襖から妻の春子が

顔を覘かせた。


「あなた。ちょっといいかしら?」
「ああ構わんよ」謙三は新聞に眼を落としたまま答えた。
 すると春子は神妙な面持ちで部屋に入ると謙三の横に正座した。
「大事なお話しがあります」
「何だい。改まって」
 相変わらず読みながら答えた謙三が新聞をめくった瞬間、部屋は

静寂に包まれた。
「テレビ、勝手に消してごめんなさい。でも本当に大事なことだから、

 ちゃんと聞いて下さい」言い終わると春子はテレビのリモコンを座

 卓に置いた。

 

 いつもと様子の違う春子に謙三が顔を向けると今度はぎこちない

笑顔で一方的に喋り始めた。
「あのね、突然でびっくりしないでね。私なりによくよく考えてのこと

 なのよ。そうね、返事は今すぐって訳じゃないの。じっくり考えて

 もらっていいのよ。貴方には貴方の考えってものもある訳だし。

 でもね、元気なうちに残された時間を有意義に過ごせたらと言うか、

 出来れば実りある人生を歩んで行けたらなって思ったりするわけね。

 だってほら、あなたは仕事で家に全然居なかったし、二人で何もして

 こなかったわけで…」
 雪崩の如く喋ってはいるが本題を口にしてはいない。しかも何だか

うろたえているようでもある。謙三は業を煮やした。
「何が言いたいんだい。言いたいことが有るならはっきりと言いなさい」
「そうよね、これじゃあ何も伝わってはいないわよね。キッチンではすん

 なり言えたんだけど…。ちょっと待って。今、気を落ち着かせるから」そう

 言うと春子は眼をつぶり大きく深呼吸し始めた。

 

そんな春子の様子に謙三は少なからず驚いていた。

 春子が言いあぐねるなど、ほとんど記憶に無いからだ。しかも見たことが

ないほどの大袈裟な作り笑顔なのである。

(これは思っている以上に深刻な話なのかもしれない…)

 良からぬ想像が脳裏をよぎる度に謙三の心臓が高鳴って行く。

 

「よほどの事らしいけど大抵の事じゃ驚かないから言ってみなさい」
 努めて平静を装った謙三の言葉に幾分か緊張がほぐれた顔で頷くと、

春子はもう一度念を押した。
「ほんとに驚かないでね」
「お前、まさか熟年なんとかじゃ?」
「何、熟年なんとかって?」

「その、なんだ…。お互い別々の行き方と言うか…」

「離婚てこと?そんなんじゃ無いですよ。あなたに不満はないもの」春子

はにこやかに答えた。
「そ、そうか」
 だが、ほっとしたのもつかの間。謙三に春子の口から爆弾発言が

飛び出した。