- ドワーフ -
ベルドラ・・・。果てし無く続く砂と岩だらけの茫漠たる荒野を太陽が容赦なく照りつけ、
息をすることさえためらわせる程の熱い風が吹く・・不毛の大地。
この、死と隣り合わせの世界で動いているのは舞い上がる砂塵と、岩にしがみつく
ように生えた僅かばかりの雑草が風に揺れているだけだった。
ベルドラはジャン達が住んでいる北の国ヘイデルから遥か南に在り、かつては水と緑
に覆われた美しい国だった。そこには小柄だが屈強な身体に尖った耳を持つ
ドヴェルグと呼ばれる者達が住んでいた。
彼等はエルフ等と同じ妖精族だったが自然と調和して平和に暮らす他の妖精族とは
違い、まるで軍隊蟻の如く他国を侵略し奪い取る事で国を繁栄させようと戦争を繰り
返した。そして武器を作る鉄を求め、森を焼き払い大地を掘り返し豊だった自然を
破壊するとベルドラの大地はドヴェルグに牙を剥いた。
雨が降れば山から流れ出る大量の土砂が洪水を起こし、緑を失った大地は照りつけ
る太陽にあらがう事も出来ず乾いた砂となり砂漠となってベルドラを飲み込んだ。
やがて人間との戦争にも負けるとドヴェルグは荒れ果てた地上を捨てた。直径数百
メートル深さ数十メートルの巨大な縦穴を堀り、鉄や石炭などの鉱物を採掘して
新たな国を築くと自らを彼等の言葉で地下を意味するドワーフと名乗った。
縦穴は五箇所にも及び、それぞれの壁面に岩盤を削って作った回廊と何層にも
重なった無数の部屋があり、そこには数万ものドワーフが住んでいた。また縦穴
同士は何十キロにも及ぶ巨大な地下通路で繋がっていて過酷な地上を通らずに
行き来することが出来た。
その中の一つ、ソダムと呼ばれる縦穴がベルドラの中心である。ここでも到る所から
精錬の炎が上がり、鋼を鍛錬する火花が飛び交い、剣が盾が鎧が次々と作られて
いたが、そんなソダムの喧騒も届かない岩盤の奥深く石の壁に囲まれた部屋で
魔兵士ディーバを生み出す変身の儀式が行われようとしていた。
ディーバとはゾーマと同じく人と魔物との融合体であるがゾーマの様に強大な邪念を
持つ魔物を使わずに作ることが出来たがそれでも痛みも恐怖も感じない上に兵士
数十人分の力と必要にして十分な残忍性を持ち合わせていた。
「外れないようにしっかりと固定しなさい」
馬が十頭程入る大きさのその部屋では儀式を前にして緊張した空気が張り詰める
中、チャダムという名の中年のドワーフが五人の若いドワーフ達に指示をしていた。
五人は松明が灯る部屋の中央に置かれた鉄製のベッドのような呪術台に上半身裸
で仰向けに横たわるドワーフの青年の手足を同じく鉄で出来た頑丈な枷で台に拘束
していった。
部屋の中には彼らの他にその様子をじっと見つめている真っ黒な司祭服に身を包ん
だ三人の呪術師がいた。彼等は人間であり三人の内一人は女で共に呪術師エル
バイン配下の者達だった。
やがて作業が終わるとチャダムは拘束された青年に念を押した。
「グール、良いな。気をしっかり持つのだぞ」
「ああ、分ってる」
グールと呼ばれたドワーフの青年が緊張した顔で頷くとチャダムは呪術師の方へと
振り向いた。
「シャグバダール様、準備が出来ました」
「よかろう」
一人魔法の杖を持つ男が返事をした。男の名はガル・シャグバダール、歳は五十二
才。エルバインに次ぐ魔法の力を持つ呪術師であり、ひょろっとした体と痩せこけた
顔に絶えず何かを盗み見ているような半眼のいぶかしい眼をしていた。
シャグバダールは台に近寄り拘束している枷の確認をすると振り向いて言った。
「リーザ。変身の儀式を」
「はい。シャグバダール様」
シャグバダールの命令で若い女の呪術師が前に進み出て呪術台の横に立った。
女の名はリーザ・ウィラード。身長は百七十センチ程ですらりとした体型に切れ長の
青い瞳とブロンドの長い髪は妖艶という言葉が良く似合っていた。
リーザは直径三センチ程のクリスタルをグールの腹に乗せると右の手の平を被せて
呪文を唱え始めた。
「デュビルヌート・ラウ・アギムラーデ。デュビルヌート・・」
少しして手の隙間からクリスタルの光がこぼれて来ると横たわっているグールの体に
変化が現れた。
「か、体が燃えるように熱い・・」
グールの体から汗が一斉に噴出した。
呪文を唱えるリーザの声が次第に大きくなると今までの熱さが痛みへと変わっていく。
「デュビルヌート・ラウ・アギムラーデ。デュビルヌート・・」
被せていた手の甲が徐々に下がりクリスタルが身体の中に押し込まれて行くとグール
の体に激痛が広がり思わず声を上げた。
「や、止めろ・・」
グールの訴えも構わずにリーザは呪文を続けていく。
「も、もう、だめだ・・グァー!」
苦悶の表情で叫び声を上げながら激しく暴れた。彼が考えていた苦痛を遥かに越え
る痛みが全身を襲う。枷がなければ耐え切れずこの場に留まることは不可能で
あっただろう。
それにしても苦痛にあえぐグールとは対照的に何体もの儀式を経験して来たリーザは
何事も無いような涼しい顔で激しく暴れるグールの体にまるで張り付いているかの
ごとく手を当てている。
その様子を遠巻きに見ていたドワーフの若者達の顔がグールの苦痛につられてゆが
んだ。
「アギムラーデ!」 リーザが叫びながら右の手のひらでクリスタルをグールの中に
ぐっと押し込む。
「グァーッ!!」断末魔の声と共に首が横に倒れそのままグールは動かなくなった。
激痛に耐え切れず気を失ったようだ。
「フー・・」
一呼吸したリーザがグールの腹から手を離すとクリスタルは完全に腹の中に埋め
込まれていた。
リーザは振り向いてシャグバダールに頭を下げた。
「シャグバダール様、終わりました」
それを聞いてドワーフ達が心配そうに近寄ろうとした。
「ばか者!まだだ!!」
「ヒッ!」
シャグバダールの怒号にドワーフ達は立ち止まり身をすくめた。
「下がって見ておれ」
ドワーフ達はすごすごと後ろに下がった。
少しすると呪術台でぐったりしていたグールの呼吸が荒くなり始めた。
「ハァ、ハァ・・」
その様子を見て一人の若いドワーフがチャダムに聞いた。
「グールは大丈夫なん・・」
チャダムは黙ったまま、青年の顔の前に手を出して質問を遮った。
やがてグールが体をよじり始めるとシャグバダールはニヤリとした顔で呟いた。
「どうやら、変身が始まったようだな」
「ウウ・・」
呻き声を上げ体が動く度に筋肉が盛り上がり大きくなって行く。それと同時に毛が抜
け落ち皮膚も黒く顔も狼の様になって行った。
その様子をこれからディーバになる若いドワーフ達が茫然自失の表情で見つめてい
るとシャグバダールが声を掛けた。
「お前達はディーバへの変身を見るの始めてか?」
「は、はい・・」
辛うじて一人の青年が搾り出すように答えたが他のドワーフ達が声も出せずにいる中
シャグバダールは続けた。
「クリスタルに取り込まれた魔物の性質によってディーバのタイプも変わるのだ。ある
ときは獅子のように、またあるときはドラゴンのようにな。勿論能力も違うのだ」
「ウォッ、ウォッ・・」
変身が進むに連れ息遣いも動きもさらに激しくなり、顔も既にドワーフには見えなく
なっていて、それは精悍というよりおぞましいと言った方が適切に思える程だった。
「ウァー!」
台の上で叫びながら激しく暴れたが変身の儀式用に作られた枷は壊されること無く
グールを台に留め続けた。
そしてひとしきり暴れると息遣いはまだ荒かったがグールは大人しくなった。
それを見てチャダムは若いドワーフ達に枷を外すように目配せをした。
ドワーフ達が近寄り一人が右腕の枷を外した瞬間。
「グォー!!」獣の様な叫び声を上げると右腕の枷を外したドワーフの若者を殴り飛
ばし、左腕を外していたドワーフの胸ぐらを掴むと部屋の隅まで投げ飛ばした。そし
て左腕の枷を外しに掛かったが留め金を外せないと分ると腕を振り回しどなり散らし
た。
「これを早く外せ!俺様を誰だと思ってやがる!」
グールは苦痛からではなく拘束されたディーバとして暴れていたのだ。
その時シャグバダールがゆっくりと前に歩み出てグールに近寄った。
「シャグバダール様危ない!」
チャダムが慌てて止めようとした時、リーザがチャダムの肩を掴んだ。
「心配は無用です」
「しかし・・」
シャグバダールが平然とした顔でグールが殴れるところまで近寄ると、グールは横目
でシャグバダールをじろりと見た。
「おい。お前が外すのか?」
「外して欲しいなら頼むのだな」
グールが顔をシャグバダールに向けた。
「何だと。誰に言ってやがる」
「私の言うことを聞くのなら外してもいいがな」
「外したら考える」
「それでは外せないな」
「ごちゃごちゃ言ってねぇーで外せ!!」
そう怒鳴りながらシャグバダールを殴ろうとした瞬間、シャグバダールが叫んだ。
「ザンダス!」
バンッ!耳をつんざく衝撃音と強烈な光に部屋が包まれた。
「な、何だ。今のは・・眼が眩んで何も見えない・・」
耳鳴りが収まり、眼に残っていた残光が徐々に消えドワーフ達の眼が見える様になっ
た時には台の上で暴れていたグールがあお向けて動かなくなっていた。
焦げ臭い臭いが鼻をついた。シャグバダールが電撃魔法を浴びせたのだ。
何事も無かったように下がると、もう一人の若い呪術師ダイクに言った。
「ダイク。ルーラ魔法を」
「はい」
返事をしたダイクは進み出ると拳ほどのクリスタルをグールの額に当て、
「エルバダル・ラ・ルーラス」と呪文を繰り返し唱えた。
それを見ながらシャグバダールがドワーフ達に言った。
「融合した直後は魔の力が強い。気を抜くと簡単に心を乗っ取られてしまうのでな。
気をコントロールするルーラ魔法で魔物の邪気を押さえ込むのだ」
呪文を繰り返していくうちに電撃魔法で受けたショックも抜けてグールは眼を覚まし
た。顔からは先ほどの凶暴さは消えている。
「俺は一体どうなったんだ・・」
グールの落着いた表情を見てダイクが呪文を止め後ろに下がるとシャグバダールが
言った。
「もう大丈夫だ。枷を外してやりなさい」
「は・・はい」
ドワーフ達は先ほどの事もあり恐る恐るグールを拘束してた残りの枷を外した。
「どうじゃな。気分は」シャグバダールがグールに声を掛けた。
グールが拘束されていた手首をさすりながら台を降りて立ち上がると身長は二メート
ルを越えていた。
「俺じゃ無いみたいだ・・体中から力が溢れて来るぜ」
「これが クリスタルの力。いや、エルバイン様の力なのだ」
「エルバイン様の力・・」グールは握りこぶしを作り両腕の筋肉を盛り上げると、
「ウォー!」野獣のような雄たけびを上げた。
「お、俺にも早くその力をくれ・・」
その言葉に全員が振り向くと先ほど殴り飛ばされたうちの一人が頭から血を流し息も
絶え絶え近寄って来ていた。だが身を持って知ったディーバの力の強さにその眼は
ぎらぎらと輝いている。
シャグバダールは若者の眼を見て薄笑いを浮かべた。
「良い眼をしておるな。お前はいい兵士になれる」
「は、早く、頼む・・意識が切れそうだ・・」
「台に寝なさい」
「ああ・・」
若者がよろよろと台に寝転ぶとシャグバダールはチャダムに言った。
「儀式の準備を」
「はい。早速」
チャダムに促されドワーフ達が先ほどと同じように手足を拘束して行く中、シャグバ
ダールは振り向いて言った。
「私はエルバイン様の所に行く。後はお前達に任せたぞ」
「はい。お任せ下さいシャグバダール様」
そう言って頭を下げたリーザとダイクを残しシャグバダールは部屋を出てエルバイン
の下へと向った・・・。