先日、昔からの知人と、生と死について語った。
とは、言っても、お相手は、いささか・・・(かなりW)酔っていたので、軽めな感じで。
1つだけ、望めるのなら、私はぶーちゃんよりも1日長く生きたい。
残すものがある人ならば、残して逝く・・・という後悔は誰にでもあるだろう。
長く生きたいと思わない。
でも、この年まで生きて思うのは・・・
死ぬには早すぎて、生きるには長すぎる・・・という現実。
だけど、もし自分の生涯が短いとしても
ぶーちゃんより、1日だけでいい・・・
長生きしたい。
そんな話しをしていたら・・・
『お前は長生きしそうだよ
』
と、言われた。
『わかんないよ~美人薄命って言うし。』
と、真顔で答えると
・・・・・失笑・・・・・・
Σ\( ̄ー ̄;)おいおい![]()
『憎まれっ子世にはばかる
』
(=◇=;)えっ![]()
世間的には、私は長生きする部類だそうです。。。
マジメな話しが、結局、こんな感じで幕を閉じました。
生きること。
死ぬこと。
人がこの世に誕生し、『命』というものを与えられた瞬間から
人は、すでに『死』というものに向かって生きている。
生まれたその時から決まっている未来は『死』
そんな現実を、私はぶーちゃんと出会って知った。
今回の震災によって、その考えはより強くなった。
生きている、今・・・
全ての人間は『死』に向かって、すでにカウントダウンが始まっている。
それが10年先なのか、50年先なのか・・・
誰にもわからない。
ただ・・・それは、明日なのかも知れない。






わたし