昨日は暑い朝だった。きっと63年前も。


テレビで63年前の長崎の映像を見た。子どもたちは笑っていた。

でも、其処に映っていた女の子の63年後の姿を見ると、笑顔だけでは乗り切れない現実を物語っていた。

言葉では言い表せない体験や感情は、生半可な気持ちで表に出すことが出来ないほどのものであるはずだ。


ここまで長崎や広島を復興させることをしてきてくれた彼らに大きく感謝すべきだ。

その中の数人はわたしの祖父祖母を含む親族でもある。

小学生のころ彼らはいなくなってしまったから、わたしは何も聞けなかったし知らなかった。

知ろうとしなかった。

あのころの未熟さを昨日仏壇の前で立ち尽くして感じた。

何と、子どもだったのだろうか。

子どもながらの無邪気さにも純粋さにも欠けていたんじゃないかとまで思ってしまう。

いつも感謝の気持ちを持って手を合わせるけれど、昨日はより感慨深かった。


今はもう彼らの声を聞くことは出来ない。

でも、今まで聞いてきた体験者たちの魂の声を責めて伝えていきたい。

広島県人として。

3世である私の使命として。


今最も耳に焼きつくのは、この間なくなったおじさんの声。

その声はずっと私の中にある。

不思議とすぐに思い出すことが出来る。


いつも家に話に来てくれた。

ゆうや、皆と仲ようせえよ。

とか、

偉ろうなれよ。

とか。


それらの言葉だけは忘れずにいたい。