シングル娘の気ままな在宅介護

シングル娘の気ままな在宅介護

アルツハイマー型認知症で要介護4だった母。
2年間ほどデイサービスを利用中に急変後、
半年の入院を経て車椅子とベッドでの生活に。
2011年1月在宅介護に伴い介護離職。
2016年10月・・サヨナラを迎える。
自力でグリーフケア中でございます。

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「もっと出来たはず」
「もっと」って何?「出来たはず」って何?

「もっと出来たはず」はあなたを苦しめた言葉。
あなたは「ずっとやってた」悲しい位に頑張ってた。
だから私はあなたへの呪縛の言葉みたいで嫌い。


死を前に介護者は無力。無力だから残りの時間が
愛おしく最期まで向き合えると思ってる。
納得しないまま旅立ったとしたらそれは違うよ。
あなたは誰にも出来ない介護を立派にしたよ。


シングル介護者は介護生活が終わると何も残らない。
会社を辞め何年も在宅介護していると何も残らない。


神経を張り詰め、気力を振り絞った介護生活。
介護生活は誰かの為に頑張れる生活でもある。
その誰かがいなくなると自分の為に生きていく。
それなのに「自分の為」が何なのか解らなくなる。


介護状況はみんな違う。性格もみんな違う。
年齢もみんな違う。生活環境もみんな違う。
同じようでみんな違う。


違う中で知り合ってお互い励ましあったよね。
あなたの苦悩を察する事は出来ても現実には
何も出来なかったんだなって自分の無力を感じる。
でもこれだけは伝えたいし届いて欲しい。


貴女は最強の介護者。忘れないよ。

9月7日に菩提寺の「大施餓鬼会」に行きました。


各檀家は先祖追善卒塔婆が、新盆の家は別に個人の
卒塔婆がたち戒名を呼ばれ終了後にお墓に立てる。


お母さんの介護が始まってからは行けなかったので
ご近所さんにお願いしていたのだ。

私は初めて行ったのだけど、かなり本格的なのですね。
厳かな気持ちに。。足はしびれたけど。。椅子は高齢者が。。


同級生の母親が私を見つけて「あら~。今何してんのよ~」と。。
この質問は正直ツラい。。「家にいるんですよ~」と返したら
「何もしてないの~!?」と大きい声で言ってくれましたぞ。


そこへ近所の奥さんが「花嫁修行中だよね」とフォロー。。。
これってフォロ-になってる?と微妙な気持ちになってしまい
「終活中なんですよ~」と返したけど思いっきりスベしました。


ご近所奥さんは私の心情を理解してくれてる人なのですが
「花嫁修行中」というフレーズが古いというか何というか・・(^^;)
フォローしてくれたお気持ちは伝わりましたがグサっときたぞ。



今の私は「予定」があるのがプレッシャーになっている状態。
「ちゃんと出なければ」と責任感を過剰に抱え込んでしまって
参加するのに当日まで憂鬱になってエネルギーがいるのだ。


買い物するにもコンビニの距離はOKでも、それ以上は疲れてしまう。
この引きこもり感は、こちらから発信しないとただの怠け者扱い。

甘えてると言われても、この時期に精神を休めないと今後が心配。

時間はかかるけど自力で乗り越える。。私はもう独りなのだから。




お母さんへ。(かなり身びいき)
ご住職がお母さんの戒名を読み上げた時、ちょっと泣きそうになった。
流れるような音の響きが美しく、文字で見るのとは別の趣を感じられた。
改めて文字の意味を思い出し、音の流れも綺麗でお母さんにピッタリだよ。



今日はお母さんの誕生日。


去年は無事に誕生日を迎える事が出来るか不安だったけど
お母さんの頑張りで「おめでとう」って言うことが出来た。


顔を見て声を出して笑顔で「おめでとう」と言えるって
ささやかだけど幸せな事なのだね。



亡くなって10ヶ月が過ぎた。
四十九日など節目の日、新盆や月命日と供養を経てきたけれど
「誕生日を祝う」という気持ちの方が供養する気持ちより強い。


死を受け入れる事が出来ない・・それとはちょっと違うのよね。
まだ亡くなった事に慣れていないのだろうか。。。



亡くなってからも誕生日は祝いたい。ずっとそうだろうな。。


仏壇に好きだったどら焼きをお供えして、笑顔で声を出して
「お誕生日おめでとう」って言ったよ。お母さん。。。

おととい、お母さんの夢を見た。

恒例の「生き返った夢」でございます。



お城のような場所でお母さんが生き返って人形位のサイズになった。
「どうしよう!誰かに言わなきゃ」と叫んだら見知らぬ髭あり男性が
「ケアマネに電話しろ!」と。。(見たこともないイケメン風の中年)


人形サイズのお母さんが「お腹がすいた」と言うので「何食べたい?」と
聞くと「カレーライス」。それを聞いた私は「今日はシューマイだよ」

で、目が覚めた。。。


生き返った夢を見る時は私に不安や心配のある時。

最近の集中力の無さや自信喪失に加え、お母さんの全ての名義変更、
一周忌の準備、必ず参加しなければならない組長の仕事。


一人でやらなくてはならない。他にやってくれる家族がいない。。。


責任は分散された方が気持ちが楽なのですね。


例えやるのが一人でも、それはそれでストレスがあるかと思うけど、
自分が出来なければ誰かに引き継げる状態であるって羨ましい。
その人がやらないとしても便宜上は責任が移行するという事で
どれほど肩の荷が下りることか。。。


他にいないのは今に始まった事ではないので嘆いても仕方ないけれど
胃が重くなるような重圧に気持ちが落ちてしまうのでございます。


思い返すとそういう時に「生き返る夢」を見ているので、娘のSOSを察し
シューマイだけどお母さんは快く出演してくれたのでございましょう。


何とかなるよね・・・お母さん。。。また出演しておくれ。。



お母さんが亡くなって10ヶ月が経った。
今は8月で2ヶ月後にお母さんは亡くなるのだけれど。。。。


お母さんは生き抜いたな~と今は思える。最期までね。

私に後悔を残さないようにと最期まで見届けさせてくれた。


上手く言えないけど、「お母さんは凄いよ」と声を掛けたい。




前回記事からかなり時間が経ってしまった。。
今更ですが皆様いかがお過ごしでしょうか。。


私ですが、人から見たら「何やってんだ!?」的な日々を過ごしてます。
グリーフケアとして何もしないのが今の私に必要な気がしてるのですな。

叔母と母が亡くなり諸事が重なり、それを一人でやって疲れてしまった。
今は一つずつやるようにしている。一気にやる気力と集中力が無いのだ。


お母さんが亡くなり最後の手続きもギリギリで完了したのですが、
手続きが終わるって寂しい。もう名前を書く事も無いんだなってね。




そして新盆。四十九日の時はずっと前からアレコレ考え準備してたのに
今回は1週間前になっても準備しようという気力が出なかったよ。。。


これじゃいけない!と新盆飾りやお参りに来てくれた人への返礼品を
用意をしたのだけど、返礼品の数を間違えて大量に余ってしまった。。
それでも新盆飾りを作れたし、花もお母さん好みに飾る事が出来た。

今回はいつもと違いお母さんの居た部屋に飾った。

最も相応しい場所でここしかないし、ここに来て欲しい。


お母さんの部屋に飾るのでラック類は隣の部屋に移動したのだけど
カレンダーやケアに関する貼り紙はお母さんが亡くなってからそのまま。


近所の奥様方がお線香を上げに来てくれて、部屋の貼り紙を見ながら
「こういうのが一番良くないんだよ~」とその中の一人が言った。
いつまでも片付けないと気持ちの切り替えが出来ないという事を語り、
隣にいた人は「人によって違うよね」的な優しげな笑みを浮かべてた。


「こういうのが・・云々」発言に反発を感じなかった。すんなり納得。
その時の精神状態で救われる言葉は違うし、感情は流動的だもんね。

「元気ださなきゃ!」で傷つく時もあれば「そうだよね」と思う時もある。
見守ってくれてると解っていても物足りない時だってあるはず・・と思う。

「どっちも有り」なんだよね。社交辞令やデリカシーの無い言葉だって
その瞬間は私の事を案じての言葉。肯定も否定もせずに受け入れてる。


人は自分を中心に考えてる。励まし方や慰め方はみんな違う。
自分の心に寄り添って理解して欲しいと思うより、それぞれ表現は違うけれど、
たとえ社交辞令だとしても、それでも気にしてくれた事を嬉しく思えるのだ。


人は私の為に居る訳じゃないんだもん。閉じこもっているのは私なのだ。
人に癒やしや理解を背負わせてしまうのは自分自身の甘えのような気がする。
その時々の自分が救われる言動や優しさを自分で探す。最後は自分自身。
人の言葉を受け入れてから、今の自分に必要な何かを見つければいい。



お母さんが亡くなってから、車にぶつけられそうになったのが数回あった。
お盆直前には公道からコンビニに入る時に道に沿った車止めに乗り上げて
タイヤ2本がパンク。無理して自宅まで戻る手前でバースト。レッカー要請。
タイヤは交換したものの、運転するとタイヤに違和感を感じ再修理の予定。

最近は運転が恐くなってしまったよ。安全運転タイプだけど自信喪失状態。
気力と集中力の低下を自覚してるんだから家に居る方が世の為人の為だね。

 

喪失感や悲しみとは別にグリーフケアという言葉を利用してる自分がいる。
何もせず、何も出来ず、やろうともせず、だらだら暮らしている言い訳に。。

何もしないのがグリーフケアっていうのは自己保身なのでございます。

怠惰に慣れ、社会復帰できるか不安で逃げてるだけ。そんな気がするもん。


近所の奥さんに「きっと必死だったんだよね」と言われて涙が出た。
去年までは私なりに必死になってお母さんと暮らしてたのかもしれない。
もう必死になることもない。怠惰と不安だけ。でもきっと抜け出せるはず。



いろいろあったぜ的なお話を。。


・自己チューpart1


私は今年自治会の組長で盆踊りの練習や当日の手伝いに数回行った。
ある組長は「喪中だから」の理由で練習や手伝いに一度も来なかった。
組長は参加なので、ある人が「喪中って誰の喪中よ?」と聞いていた。

義父・・奥さんのお父さんが亡くなった事での喪中。。。。

実親の喪中じゃ無いのに・・と周囲の人は思っていたようで微妙な空気感。
確かにその人は「喪中だから」を連発し少し反感を買っていたのも事実だけど
家族と他人では「喪中」の受け止め方が違うんだろうなって思った。


9月にお祭りがあり私は食事係の班長をして欲しいと依頼されたけど断った。
お母さんが亡くなったのが10月。1年経ってないので「喪中だから」と言うと
「誰が亡くなったの?」と聞かれた。亡くなると回覧が回るけど忘れられてる。
「母です」と言ったら「あっ!」とバツが悪そう。。(忘れられて少し寂しい)


「喪中」を意識しているのは当事者だけ。人は他人の事にそれほど興味がない。


私も「喪中だからって盆踊りの手伝いをしないって・・しかも義父」と思ったし
他にも喪中の人がいたけど手伝いに来てたのに・・と違和感を持ったのも事実。
「私だって喪中だけど手伝いに来てるのに」が本音。(比べるという愚行)


グリーフケアだ何だと言ってる私こそ、自分中心で物事を考えていたのだよ。
その人にとって大切な義父だったのかもしれない。父を亡くした妻を思って
賑やかな行事に参加しないのかもしれない。そういう事まで考えなかったよ。
それこそ他人には解らない、当人だけのテリトリーなのかもね。




・自己チューpart2


以前アメ限記事で叔母の遺産を分けた従姉妹の話をアップした。
協議中、協議後、振り込み後すら何の連絡も無かったのに7月の終わり頃
突如お墓参りをさせて欲しいと電話があったのだ。
「私がやってあげた感アリアリ」の為か「今頃?しかも振り込み後!」と
ダークな気持ちは否めない。「こんな考えを持っちゃあいけねえな」と反省。
従姉妹も遺産を貰った事でお墓参りをしないと気が済まないという気持ちが
あるのでございましょう。



・ある意味・・忖度?


お母さんが亡くなった事を最近聞いたハトコが新盆にお参りに来てくれた。
親類からの又聞きなので亡くなった日時が違ってたりしてるのは仕方がない。

御仏前を頂戴したのだけど、その時に家族葬だったという事を話した刹那、
「えっ!うそっ!そうなのっ?」と「しまった!」を感じさせる表情になったのだ。
御仏前は中身は3万円。。しまった!の原因は3万円?としか思えないぞ。

確かにお香典+生花もしくはお供物+新盆御仏前っぽい金額。。

家族葬と知ってたら・・が如実に表情に出てしまったのでございましょう。

正直さというのは清々しいもので逆に好感度アップよ。


申し訳ないので2万円のカタログギフトをお返しする事にいたしました。
商品券も選べるので少しはショックも緩和されるのでは・・と思いたい。


家族葬って判断しにくい状況を作ってしまうのですね。