学校の裏手はお寺と墓地がある。
まるまる片側が流されている。

その片方がお墓の間に挟まっていた。

墓石は倒れて、そこに津波で流されて来た車が積み重なるように引っかかっている。



ここの墓地はまだ奥にもあって、そこはだいぶ車も撤去されてきれいになっていたけど。まだまだ壊れた墓石やガレキ、車はたくさんあった。
お寺の前にあった傾いた看板。

『気にしても苦にするな』今はこの言葉も傾いている気がした。
テレビで見ていた状況と何の変わりもない実際に目で見た状況。
でも、歩きながら見るガレキの山はテレビでは見れない物がたくさんあった。
小さい子供のおもちゃ、お茶碗、チャイルドシート、書道の検定の合格証書、おぼん、服、ストーブ、
全てが、生活していた全てが今はガレキの山になってる、今私が使ってるPCだってお茶を飲んでるお気に入りのマグカップだって全てがどこかにいってしまい、どこかでガレキの山にまぎれてなくなってしまった。被災した人達は一瞬ですべてを失った。もし自分がそうなったとき、どんな気持ちになるかも想像すら出来ない。
実際にここで生活している方達は、私達にはそうぞうも出来ないような気持ちで毎日を送っている。
私はなんて声をかけたらいいのか、何を言ってあげたら良いのか、出発する前に前回もボランティアに行った方の話で、
『私達(石巻市民)は3月11日の地震が起きる前までは、皆さん(ボランティア)と同じように普通に生活していました。地震で津波で一瞬ですべてを失いました。皆さんは帰る所が、家やふるさとがありますよね。でも、私達には家もふるさともすべて、もう何も残っていません』
確かに私達はたった2日間を被災地で過ごすだけ、帰ったらまた普通の生活が待っている。
今日で2ヶ月、電気・水道はやっと復旧していたけどまだまだ不便な事はたくさんあって、それでも皆さんは耐えて耐えて毎日を過ごしている。
何も言えない。
がんばってて凄いとか、我慢強いとか、そんな言葉は第三者の意見。
被災した方達は、それしかない。いきるため。生活するため。
一人の方が言ってました。
「『がんばる』って言葉は大嫌いになった」
今日の今日まで、地震の日からずっと私達はがんばってきていると。今も、、、
まるまる片側が流されている。

その片方がお墓の間に挟まっていた。

墓石は倒れて、そこに津波で流されて来た車が積み重なるように引っかかっている。



ここの墓地はまだ奥にもあって、そこはだいぶ車も撤去されてきれいになっていたけど。まだまだ壊れた墓石やガレキ、車はたくさんあった。
お寺の前にあった傾いた看板。

『気にしても苦にするな』今はこの言葉も傾いている気がした。
テレビで見ていた状況と何の変わりもない実際に目で見た状況。
でも、歩きながら見るガレキの山はテレビでは見れない物がたくさんあった。
小さい子供のおもちゃ、お茶碗、チャイルドシート、書道の検定の合格証書、おぼん、服、ストーブ、
全てが、生活していた全てが今はガレキの山になってる、今私が使ってるPCだってお茶を飲んでるお気に入りのマグカップだって全てがどこかにいってしまい、どこかでガレキの山にまぎれてなくなってしまった。被災した人達は一瞬ですべてを失った。もし自分がそうなったとき、どんな気持ちになるかも想像すら出来ない。
実際にここで生活している方達は、私達にはそうぞうも出来ないような気持ちで毎日を送っている。
私はなんて声をかけたらいいのか、何を言ってあげたら良いのか、出発する前に前回もボランティアに行った方の話で、
『私達(石巻市民)は3月11日の地震が起きる前までは、皆さん(ボランティア)と同じように普通に生活していました。地震で津波で一瞬ですべてを失いました。皆さんは帰る所が、家やふるさとがありますよね。でも、私達には家もふるさともすべて、もう何も残っていません』
確かに私達はたった2日間を被災地で過ごすだけ、帰ったらまた普通の生活が待っている。
今日で2ヶ月、電気・水道はやっと復旧していたけどまだまだ不便な事はたくさんあって、それでも皆さんは耐えて耐えて毎日を過ごしている。
何も言えない。
がんばってて凄いとか、我慢強いとか、そんな言葉は第三者の意見。
被災した方達は、それしかない。いきるため。生活するため。
一人の方が言ってました。
「『がんばる』って言葉は大嫌いになった」
今日の今日まで、地震の日からずっと私達はがんばってきていると。今も、、、