母の84年 | 小さな幸せ 見つけようかな♪

小さな幸せ 見つけようかな♪

2013年10月にステージⅡbの乳ガン宣告されちゃったけど
手術・放射線治療、ホルモン治療10年を経て、12年目に突入。生きてるよ。
黒柴ゲンと暮らすおばさん。
きっと小さな幸せはいっぱいあるはず。

きのう母が亡くなりました。




私と姉と弟を大切に、大切に育ててくれた母でした。

お見合い結婚で、会ったこともない父の元へ嫁ぎ、“苦労”の2文字では片付けられないほどの波乱に満ちた84年の人生でした。



父は遊び人で、私達兄弟が幼い頃には、突然夜中に帰ってきて『金をよこせ』と言っては家中のお金をかき集めては持って行く人でした。
『お金ないよ』と母が言うと、テーブルをひっくり返し、そんな様子を見て私達兄弟は部屋の隅で震えていたものです。
そんな父だったからか、母と私達兄弟はいつも結束し、強い絆で結ばれていた気がします。


確か私が6年生のとき。
父は多額の借金を残して失踪しました。
その後、借金取りの人が大勢やってきて、私達は着の身着のまま住んでいた家を追い出されました。
今でも、あの1日のことは忘れられません。
それでも私はどこかホッとしている部分もありました。
父が帰ってこなくて、家族4人だけの生活に期待を持っていました。
もう借金取りが家に上がり込んでくることもない。
怖い父におびえることもないのですから。


母は強い人でした。
父がいなくなった後は1人で働き、私達を人並みに学校へ行かせてくれました。
辛いはずなのに、いつも笑っていた。


母さんといると何故か楽しいことばかりだった。
その中の楽しかった『銭湯事件』があり、兄弟集まるといつもその話で盛り上がる。

エスと言う名の犬を飼っていました。
あの頃はどこの家も、夜になると飼い犬を放し、朝に繋ぐというのが普通でした。
(今では考えられないことですが)

その夜もいつものようにエスの鎖を外し自由にさせて、みんなで銭湯へ行きました。

裸になり湯船につかろうとしたその時、他のお客さんが入ってきたすきにエスも一緒に銭湯に入ってしまったのです。
そして焦った母が素っ裸のままエスを捕まえ外に連れて行ったのです。
それを見た私達はあっけにとられました。

何度思い出しても笑える事件です。

そんな母との楽しい思い出はまだまだあります。

明日のお通夜では、そんな楽しい思い出話をし、笑って見送ろうと思ってます。


花が好きだった

生き物が好きだった

優しかった


母さん、ありがとう