小学生の男子って
みんな 学校が好きだと思ってました…
今日も行きたく無〜ぃ!って
言いながら登校してった小5♂(と18才♀)
先日 遂に !!!!
ニンテンドーswitch
(4万くらいするやつ)
買ってしまいました





「みんな(switch)持ってる!
僕だけ持ってない!」
←よー小学生がいうやつ

去年のクリスマスから
ずぅーっとそういうアピールを
してきてたけど 聞こえないフリしてたから



11年前の今日。
先祖代々 女系家族だったろんの家系図に
待望の男の子が生まれた訳なんですが

性別がわかった時
男の子が欲しかったから
嬉しかった



2人欲しかったけど
お姉ちゃん産んでから
また 赤ちゃんができなくて
娘が幼稚園の時は
「どうしてうちには妹がこないの?」
って いつも言われる度
申し訳ないーって思ってました…

もうウチは一人っ子なんだーと
諦めて 小さなマンションを買って
次の子に、って大切に置いてた
おもちゃも全部捨てた途端に
突然!赤ちゃんができたんです👶



あんな欲しかったのに
全く欲しくない時期になってたのは
嘘では無く…笑
でも やっぱり
赤ちゃんができたのは
凄く嬉しかったなぁ
やっと楽になった子育てなのに
また自由が奪われたとしても
やっぱり 嬉しい✨
その時 娘はもう7歳

念願のお姉ちゃんになれるから
さぞかし喜ぶんだろうと思いましたが…。
ある日「赤ちゃんできたよ!」って
伝えたら娘は「は…?」っていう反応
全然 嬉しそうにしない

お腹が急に大きくなるママと
自分ばっかり好きだと思ってた
お父ちゃん
不安。なんか違う。って
なったんでしょうね



でも
家族の絆が生まれたきっかけ
となるトラブルが7ヶ月位におきまして。
朝トイレに行ったら
大量の出血が…



赤ちゃん 死んでしまったかも…
どうしよう…と
真っ赤な血を見ながら
だんだん手が震えていったのを
鮮明に覚えています
娘に動揺させてはいけない!
そう思い 笑顔で学校に送ったあと
タクシーで一人で病院に…
結局 切迫早産でした。
その日 家を出てから
急に即そのまま入院
結果的に2週間も帰れなくなる羽目に。
でも…
病院で息子の心音を聴いた時は
嬉しくてホッとして。
お腹の息子が元気すぎて
夜中にお腹で回転しまくって
(吐きそうな位に)
永遠逆子…状態に!!!!
まだ歯科の立ち仕事をずぅーっとしてたから
ずっとずっと お腹が張ってる上 に逆子…
「逆子が治ったら帰してあげるよー」と
先生に言われ
毎晩 病院のベットで逆子体操
「明日の検診の瞬間だけでいいから
頭は下にしてくれーーーーーー!!」
と 必死



とにかく可愛い娘を置いて
2週間の入院
私にとっても娘にとっても
辛すぎたんですー。
昔は過保護と躾で
娘を雁字搦めにする
どうしようもない母親だったから

毎日 学校帰ったら
病院のベットで一緒に寝て甘えてくる娘が
ほっとけなかったんですよね

結局 無事に退院してからも
しばらく娘はなんだか
情緒不安定になってしまい、、、、
部屋の引き出しには
「お母さんなんかきらいや
お父ちゃんがすき」
「赤ちゃんなんか きらい」
と書かれたメモを見つけた時は
泣いてしまった……(;ω;)
お姉ちゃんになるプレッシャーというか
今まで自分中心の生活だった日々に
赤ちゃんがくる事
お母さんがなんかわからんけど
赤ちゃんのせいで入院して居なくなるし
いろんな葛藤があったんだと思います
自分はもういらないんじゃないかなーとか
お母さん死んじゃうんじゃないかなーとか
いっぱい小さな心で考えて不安だったと
思います

仕方ないとはいえ
離れて産んでしまった事を
少し 悩んだりもしながらー。
でも 可愛い弟が生まれてからは
ホントに優しいお姉ちゃんになってくれて

学校から帰ってきたら
まだ生まれたての目も見えない弟に
ベビーベッドの中で絵本を読んで
あげてるのを見たときの光景が
昨日のことのように思います
今は亡き 私の母が日記に書いてた
「きっと安心して 眠れる日は
自分が死ぬ時でしょう」
その 言葉の意味が
最近少し分かるような気がしてきました

お母さんみたいな立派な親には
まだまだなれないけれど
いつかこの2人とお別れする日までは
元気でいてあげたいし 支えになって
あげたいって 思います

私の人生 いろんなコトがあったけど
まだまだ 続くかもしれないし
もう少しで終わってしまうかもしれない
こんなダメな親だけど
その人生の中で
この2人を産ませてもらえたコトが
私の生きた意味ならば
この先 どんなことがあろうと
なんの後悔もありません______。
とにかく 私より先に
死なないで いてくれたら、と

ただ それだけかな…

