長年通っていたお店から、ずっと接客してくれていた店員さんが退職されたのを知ったのは、つい先日のこと。
初めてその店に行ったのは5、6年前だろうか。
当時の僕の好みにガッチリと一致したその店は、まるでオモチャ箱の様だった。
そのセレクトが新鮮で、通う度に欲しいものが沢山あった。
いくらお金があっても足りないと思えたほど。
少しの年月が経ち、僕の服に対する趣味趣向も変化した。
以前ほど胸をうたれる事が少なくなった。
やがて一緒に店に通う相手も変わった。
それでも、その店員さんは変わらず僕に接してくれた。
相方と二人で、何度その人の事を話題にしたか分からないぐらい。
「今日も可愛かったなあ」
とか
「あんな服、私も欲しい」
とか
とにかくいろいろ語った。
なにより僕にとって、何をするわけでなくとも、自分の大好きな人が楽しそうに話をして、目を輝かせて服を選んでいるのを眺めているのがとても幸せだった。
これからまた、以前のようにロフトマンに通う日が来るかどうかは分からない。
でも確かなのは、もうそこにO西さんはいないということと、
それが自分の人生における一つの時代が、ゆっくりと、しかし確実に終わってしまった事の象徴のように思えることである。
この場を借りて
たくさんの思い出をありがとう。
初めてその店に行ったのは5、6年前だろうか。
当時の僕の好みにガッチリと一致したその店は、まるでオモチャ箱の様だった。
そのセレクトが新鮮で、通う度に欲しいものが沢山あった。
いくらお金があっても足りないと思えたほど。
少しの年月が経ち、僕の服に対する趣味趣向も変化した。
以前ほど胸をうたれる事が少なくなった。
やがて一緒に店に通う相手も変わった。
それでも、その店員さんは変わらず僕に接してくれた。
相方と二人で、何度その人の事を話題にしたか分からないぐらい。
「今日も可愛かったなあ」
とか
「あんな服、私も欲しい」
とか
とにかくいろいろ語った。
なにより僕にとって、何をするわけでなくとも、自分の大好きな人が楽しそうに話をして、目を輝かせて服を選んでいるのを眺めているのがとても幸せだった。
これからまた、以前のようにロフトマンに通う日が来るかどうかは分からない。
でも確かなのは、もうそこにO西さんはいないということと、
それが自分の人生における一つの時代が、ゆっくりと、しかし確実に終わってしまった事の象徴のように思えることである。
この場を借りて
たくさんの思い出をありがとう。