愚痴(3/4組)
カテゴリ★17歳
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白馬が快斗を見つめている。

その眼差しの優しさに…〝慈愛〟に満ちた白馬の横顔に、オレはとても冷静でははいられなくなる。




「なんや、わざわざノロケ話すんのに京都に呼び出したんかいな」

「違う! どこがノロケだ!」

──はっ。

駅近のカフェの二階席で思わず怒鳴ってしまってからオレは我にかえった。
数組いる他の客たちの怪訝な目、好奇の目、迷惑そうな目に加え、ヒソヒソ聞こえてくる『あの二人、高校生探偵の…』って声。

呆れ顔の服部の背中を叩き、オレたちは食べかけの抹茶ソフトをいっきに頬張り、そそくさと座席を立った。



「クソ、この辺なら目に付かないと思ったのに」

「自業自得やろ。テレビや新聞出まくっとってからに」

「おまえだってそうだろ。今だって服部がいたからバレたんだ」

「あんナァ、八つ当たりはよせや工藤。頭冷やせ。白馬と黒羽のことが気になるんなら、おれになんぞ会うとらんで本人たちに直接訊けばええやん」

「そんなこと出来るか」

「なんでや」

「ヤキモチ妬いてるって思われるだろ!」

「めっちゃ妬いとるやないか」

「そうじゃない!」

「こじらせとるなぁ~工藤。気の毒に。ついでに言うとくと、おれも黒羽のことはかなり気に入っとるんやで」

「なに?!」

「ハハハー! せやけど黒羽の様子見てたら意中なんは工藤やってすぐ判るやんか。無駄打ちはせえへん主義なんでな」

「え…」

「白馬かて当然解っとるはずやで。その上で黒羽を甘やかしたいんや。黒羽のヤツ、罪なやっちゃで…。あいつのオーラは嵌まるとヤバい。うっかりすると工藤みたいになってまう」

「オレみたいにって、何が」

「夢中やんけ、工藤。黒羽に」

「………」

「せやからおれはそうならんよう、探偵事務所の一員としてちゃんと冷静でおられるよう、黒羽に近付き過ぎんと気をつけとる。白馬はそうはいかん。なにしろ同級生やからなァ」

「だから心配なんだ。白馬はオレより快斗と一緒にいる時間が長い。だから…」






愚痴る相手が服部しかいなくて、わざわざ呼び出して京都まで来させた挙げ句、オレはクダを巻くだけ巻きまくった。
服部は意外なほど辛抱強く話を聞いてくれた。オレがそれだけ〝こじらせ〟てるせいだろう。

結局片道二時間半かけて京都まで行って服部と会って話しをしただけで、オレはまたのぞみに乗って折り返し帰路に就いた。




今日は江古田高校有志で集まって夏祭りをやるんだ…って快斗は言ってた。
ちゃんと時間を決め、届けを出して準備して。
校庭で花火をし、ダンスパフォーマンス大会をやり、お化け屋敷イベントもあるそうだ。
なんだそれ楽しそうじゃないか…。

オレも行きたい──と喉まで出掛かったけど『ダメダメ、江古田のイベントだぜ。帝丹生はお呼びじゃないの』──そんなふうにアッサリ断られそうで言えなかった。

オレが家で独り悶々としてる間、快斗はきっと白馬と仲良く時を過ごしてるんだろう…。もちろん他にも大勢仲間が集まるんだろうが、とにかくオレの手がでない場所で快斗が白馬と楽しく思い出を作っている──とか考えたらじっとしていられなかった。
足が勝手に江古田高校の方へ向きそうになるのを我慢するのがつらくて、東京から少しの間離れようと思ったんだ。

馬鹿みたいだよな。

ほんとに馬鹿みたいだ、オレ。

白馬が快斗を見つめている。

そんな姿を想像しただけでモヤモヤして。

次に白馬と快斗に会った時、オレ、大丈夫かな。

いつか爆発してしまいそうで自分が怖い。
快斗を独り占めしたい。
そんなふうに考えてしまう自分の狭量さが、情けない……。



「?」

てくてく駅から歩いて戻ってきたら、家の前に車が停車していた。

思わず身構える。

警察車両? 違う。

街頭に照らされた黒のセダン。ハザードが点滅している。

数メートルの距離まで近付くと後部ドアが開き、中から背の高い───見覚えのある相手が現れた。

「白馬!」

「お帰りなさい、工藤くん。遅いお戻りですね。どこかで事件でもあったのですか」

「いや…、ああ、まあ…」

つい言い澱み、誤魔化してしまった。

「おまえこそ、こんな時間にどうした?」

「フフ。愚痴る相手が他に思い付かなくて」

「えっ」

「黒羽くんに聞いてませんでしたか。今夜は僕ら江古田高での夏祭りだったんです」

「そうらしいな」

「皆で準備して。僕は黒羽くんと一緒に花火や飲み物の買い出しに行って」

「ふうん」

つい気のない返事をしてしまう。

「とても楽しみにしていました。僕の誕生日が近いので、皆でバースデーソングを歌うと黒羽くんが言ってくれて」

「そうなんだ…」

「祭りは盛況でした。ダンスもお化け屋敷も大盛り上がりで」

「……そのわりに鬱いだ顔してるな」

「分かりますか」

愚痴を言う相手が欲しくてここへ来た、と白馬は最初に言ったのだ。

「もうお察しかもしれませんが、黒羽くんは現れませんでした。ドタキャンです。急用が出来たとかで、彼の幼なじみも憤慨してました」

「……〝リベルス〟か?」

「ああ、やはりご存知でしたか。さすが工藤くん。そう、公には知らされてませんが知る人ぞ知るビッグジュエル〝リベルス〟が、今夜羽田空港から都内某博物館へ移送された」

「まさか、怪盗キッドが現れたのか!?」

「いいえ。予告はなく、キッドの姿は誰も見ていない。しかし正味五分ほど、保管場所へ移動中に博物館の電源が落ちたそうです。警備員が手持ちのライトを点けるまでの十数秒、〝リベルス〟は警備の目から隠された」

「なんだって」

「それだけです。〝リベルス〟を入れたケースには異常なし。騒ぎにはならず、無事移送は終わった…という事になっています。しかし、僕はおそらく」

「その十数秒の間に」

「そう。キッドならすり替えることが出来たでしょう。暗くなった瞬時にビッグジュエルを奪い、それが彼の目的のものかどうかを何らかの方法で確かめ、移送が終わり警備が弛んだのを見計らって本物を元に戻す。念のため鑑定をと進言しましたが、僕が知った時点で一時間以上経っていましたから」

「〝リベルス〟の移送が今夜だとまでは、オレも知らなかった」

「もちろん僕も同様です。極秘事項でしたからね。もしかしたらキッドも直前に知ったのかもしれない。だから予告状を出す時間がなかったとも考えられる。そして僕は黒羽くんと共に過ごすはずだった夜を、歌ってもらうはずだったバースデーソングを盗まれた」

「…白馬」

「一方的な愚痴を聞いてもらってすまない。この話はすぐに忘れてくれたまえ。情けないが今夜は溜息しか出ないよ。次の探偵事務所の会合までには立ち直るよう努力する。おやすみなさい」

黒塗りの車は白馬を乗せ、走り去っていった。

『罪作りなヤツや』。そんな服部の言葉が甦る。

そうなのだろうか…。

オレも、白馬も、思い込んでいただけなんじゃないのか。

探偵事務所の同士として繋がりを持った自分たちを、快斗が再び欺く事は無いと──勝手に思い込み自惚れていただけなのかもしれない。

〝リベルス〟。ラテン語で『愚痴』。

大きく紅く豊かな光を放つ見事な宝石。古の権力者たちが奪い合い世を混乱に陥れ、最後にこの宝石さえなければと愚痴を漏らしたと言い伝えられている───。





20180820
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※白馬くんハッピーバースデー的な話を書くはずがどんどんずれてしまいました(+_+)。快斗くんが可愛いからイケナイの。
ちゃんとした白馬くんバースデーネタを短くてもupしたいと思ってるんですが間に合うかな~。
(時間的に前回upより遡っちゃってますがスルーしてくださいませ~m(_ _)m)

●拍手御礼
「Halloween night」

翠さま●返信ありがとうございます。なるほど~。チャレンジ企画として考えますね~!