奇跡の月と運命の彗星《10》
カテゴリ★インターセプト4
※冒頭、赤井さん
スコープの向こうで工藤くんが動く。
もう一人、白く閃く何者かも屋上を駆けていた。
ジンの姿を捉え直そうとしたが、捕捉できない。この距離で標的に動かれたら、狙撃は不可能だ。
工藤くんの言葉通り、照準をヘリのテイルブーム──キャビンに近い付け根辺りに絞り直す。
フ、フ、と細く息を吐き、銃金(ひきがね)に掛けた右手人差し指に意識を集中する。
…ワン、トゥー、…スリー!
》》ドン!!《《
銃撃の反動が肩に食い込む。
約一秒後、遠くターゲットから紅い炎が噴き上がるのが肉眼でも見えた。
工藤くん、何かやったな。
燃料タンクを直撃でもしない限り、一発であれほど派手に火を吹くことはない。
「……誰だ?」
集中していたせいで気付くのが遅れた。
振り向くと、プラチナブロンドの髪を靡かせ全身黒のバイクスーツに身を包んだベルモットが立っていた。
「これ以上の邪魔はよしてくれるかしら、赤井」
俺の頭部にコルトポケットの照準を合わせたまま、ベルモットが微笑む。
「あんたか…。ジンを逃がして、せめてもの罪滅ぼしってとこか」
ベルモットが微かに肩を竦める。
実の父であるはずのジェイムズ・ブラックを──FBI捜査官として地位を築きながら同時に〝黒の組織〟を作り上げたあの男を、自らの手で殺めたのだろうと、暗に指摘したのだ。
「やっぱり知ってたのね。父と私のコト」
「知ったところで証明のしようがないがな」
唇を片方だけ上げ、ベルモットは哄った。
いったいこの女は何処から来て、何処へ行くつもりなのか。擬似的な〝不老不死〟を得たところで皺寄せはいずれ必ず訪れるに違いない。
「でもね、いま私が邪魔しないで欲しいって言ってるのは、あのボウヤたちのことよ」
・・ー・・・・・ー・・・・・ー・・
「バーボン!」
「や…あ、シェリー。来たね」
屋上の隅にうずくまっているバーボンを見付けて駆け寄った。
「動かないで。中森警部に連絡して救急隊を!」
「よっしゃ」
服部さんが携帯電話を取り出して操作する。
白馬さんはバーボンをじっと見つめ、私の横に膝を着いた。
「この方ですか」
私は頷いた。私が捕まっていた場所に密かにメッセージを残し、私をここへ導いたのはバーボンだった。
「あなた、逆スパイだったのね。APTX4869の化学式を盗んだのはあなたね」
「…君の…母親は、僕の恩師だった」
「えっ」
「それを知ったのは…組織に潜入して、ずいぶん経ってからだけどね」
バーボンはそこで口を噤んだ。本来なら明かさないはずの事柄を話してしまった自分を訝るように。
「あの〝Pandora〟の羅列もあなた?」
応えないだろうと思ったが、バーボンは私を見てはっきりと首を振った。
「あれはぼくじゃない…。ベルモットだ」
・・ー・・・・・ー・・・・・ー・・
ワイヤーを巻き取り、操縦席側のスキッドに手をかけた。工藤がもう片方に取り付く。
「どうするんだ!?」
「どうもこうもあるか、パンドラを手に入れる」
「ケースの中身が本当にパンドラなのか判らないんだろう?!」
「だから確かめるんだ! 今夜が」
〝パンドラ伝説が意味を持つ最後の夜〟なんだ。怪盗キッドが、怪盗として生きる最後の夜───。
・・・・・
「兄貴、これを」
アタッシュケースを差し出すと、兄貴は目を細めておれを見返した。
「…ウォッカ」
「申し訳ありやせん。おれは此処までです。このヘリは始末しやす。だから、兄貴は…」
爆発で背中に突き刺さった破片が邪魔で、姿勢がとりにくい。
「残念だぜ、ウォッカ」
「勿体ねえ…お言葉で」
操縦桿を握る手に力が入らない。視界が霞む。サングラスを外して目を擦った。急がねえと…。
沿岸の工業地帯を越え、ようやく次のビル群が見えてきた。あそこなら。
最後に…ひとつだけ。
「兄貴」
スライドドアに手をかけた兄貴が振り向く。インカムはまだ生きている。
「おれは…、おれは、兄貴に、詫びなきゃなんねえことが…っ」
続けようとしたが、口から噴き出した血に遮られた。
もう話せなかった。喘ぐように息をするのがやっとだ。
兄貴がおれに言う。
「構わねえさ、ウォッカ。てめえが何を謝ろうとしてるのか知らねえがな」
・・・・・
ヘリが降下を始めた。
ビル群が近付いている。着陸するつもりか。それにしては安定が悪い。大きく振られて体が横に流れた。
「!?」
ヘリの反対側から黒い物が投げ出された。
何が落ちたのか判らず、俺は咄嗟の判断が出来なかった。
「工藤っ?!!!」
工藤が手を放し、飛び降りる。
馬鹿な。
───アタッシュケースだ。
工藤が追って飛び降りたのは、投げ捨てられたアタッシュケースだ!!
俺も手を放した。
月明かりで工藤がかろうじて見える。暗く冷たい夜空を真っ逆様に落下していく姿が。
拙い。高度がない。
工藤になかなか近付けない。
かつて覚えたことがないほどの戦慄に襲われ、パニックを起こす。
工藤が、墜ちて…死ぬ──?!
手が届かない。焦りで気が狂いそうだ。
俺がパンドラにこだわったせいだ。
自分の命なら賭けても悔いはないと思っていた。
だが・・・!!!
「工藤ーーーーっ!!!!!」
・・・・・
ウォッカが、ビルの屋上ギリギリに寄せヘリを飛行させる。俺は飛び降りた。
堅いコンクリートの上を転がり、体を起こして立ち上がる。
いったん上昇したヘリだったが、すぐに再び高度を下げ始め、ビルの谷間を浜へ向かっていった。
間もなく響く墜落の衝撃音。
踵を返し、俺は降りたビルの中へ向かった。身に付けているのは愛用のサイレンサーだけ。
ウォッカから託されたアタッシュケースだったが、今の俺にはどうでもいいものだった。だからくれてやった。
案の定、ヘリにぶら下がっていたガキどもは投げ落としたアタッシュケースを追って二人とも落下していった。
狙い撃とうと思えばできたが、しなかった。
俺を守って死んでゆくウォッカへの細(ささ)やかな手向けだった。
ウォッカは〝K〟に惚れていた。
ふと墜ちていったガキどもが生き残る事を期待している自分に気付いて驚く。
何故だ?
結局、俺はキッドも工藤新一も見逃した。
もしかしたら…俺も───。
ククッと自嘲し、煙草を取り出して火を着けた。
そんなわけはねえ。
月と彗星を見上げ、煙を吐き出す。
あばよ、ウォッカ。
そして独りになった俺は歩き出した。
・・ー・・・・・ー・・・・・ー・・
暗い海面が近付く。
もうだめだと、自分も工藤と一緒に死のうと思った時、不意に真下に白い翼が開いた。
怪盗の翼──!!
俺も翼を開いた。
波飛沫が頬に掛かった。墜落まで、間一髪だった。
「あーっ、危なかったな。ほら、アタッシュケースだぜ、キッド」
沖の堤防に着地したところで、得意顔で近寄ってきた工藤を俺はぶん殴った。
「…痛ってえ! 何すんだ!」
「馬鹿やろう!死んじまうかと思ったじゃねえか!! 翼を仕込んでたならそう言え! 俺は、俺は本当に…」
みっともないもなにもない。
怒鳴りながら涙が溢れて止められない。
頬を押さえた工藤が俺を見て真顔になる。
「キッドが探していた物が入っていればいいがな」
「そんなもん──」
どうでもいいと、本気で思った。
落下しながら俺の頭を閉めていたのは、工藤のことだけだった。
あれほど追い続けてきたパンドラのことなど、どうでもよかった。
真に大切なものが何か、かけがいのないものが何なのかが解ったのだ。
「…!」
工藤が俺を抱き締める。俺も工藤を抱き締めた。
夢じゃない。
生きている。
俺は、工藤と共に、生きてるんだ…!
20160405
●拍手御礼
「ひとりごと/はじめましてです」「月光という名の真実」「確率」「未明の道」「囚人」「真贋」「燠火」「リセット」「帰れない」、カテゴリ★空耳 ★普通の高校生パラレル ★闇に棲む蜘蛛 ★ファーストステージ ★インターセプト、またKコ各話へも拍手ありがとうございました~(^^)/
カテゴリ★インターセプト4
※冒頭、赤井さん
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スコープの向こうで工藤くんが動く。
もう一人、白く閃く何者かも屋上を駆けていた。
ジンの姿を捉え直そうとしたが、捕捉できない。この距離で標的に動かれたら、狙撃は不可能だ。
工藤くんの言葉通り、照準をヘリのテイルブーム──キャビンに近い付け根辺りに絞り直す。
フ、フ、と細く息を吐き、銃金(ひきがね)に掛けた右手人差し指に意識を集中する。
…ワン、トゥー、…スリー!
》》ドン!!《《
銃撃の反動が肩に食い込む。
約一秒後、遠くターゲットから紅い炎が噴き上がるのが肉眼でも見えた。
工藤くん、何かやったな。
燃料タンクを直撃でもしない限り、一発であれほど派手に火を吹くことはない。
「……誰だ?」
集中していたせいで気付くのが遅れた。
振り向くと、プラチナブロンドの髪を靡かせ全身黒のバイクスーツに身を包んだベルモットが立っていた。
「これ以上の邪魔はよしてくれるかしら、赤井」
俺の頭部にコルトポケットの照準を合わせたまま、ベルモットが微笑む。
「あんたか…。ジンを逃がして、せめてもの罪滅ぼしってとこか」
ベルモットが微かに肩を竦める。
実の父であるはずのジェイムズ・ブラックを──FBI捜査官として地位を築きながら同時に〝黒の組織〟を作り上げたあの男を、自らの手で殺めたのだろうと、暗に指摘したのだ。
「やっぱり知ってたのね。父と私のコト」
「知ったところで証明のしようがないがな」
唇を片方だけ上げ、ベルモットは哄った。
いったいこの女は何処から来て、何処へ行くつもりなのか。擬似的な〝不老不死〟を得たところで皺寄せはいずれ必ず訪れるに違いない。
「でもね、いま私が邪魔しないで欲しいって言ってるのは、あのボウヤたちのことよ」
・・ー・・・・・ー・・・・・ー・・
「バーボン!」
「や…あ、シェリー。来たね」
屋上の隅にうずくまっているバーボンを見付けて駆け寄った。
「動かないで。中森警部に連絡して救急隊を!」
「よっしゃ」
服部さんが携帯電話を取り出して操作する。
白馬さんはバーボンをじっと見つめ、私の横に膝を着いた。
「この方ですか」
私は頷いた。私が捕まっていた場所に密かにメッセージを残し、私をここへ導いたのはバーボンだった。
「あなた、逆スパイだったのね。APTX4869の化学式を盗んだのはあなたね」
「…君の…母親は、僕の恩師だった」
「えっ」
「それを知ったのは…組織に潜入して、ずいぶん経ってからだけどね」
バーボンはそこで口を噤んだ。本来なら明かさないはずの事柄を話してしまった自分を訝るように。
「あの〝Pandora〟の羅列もあなた?」
応えないだろうと思ったが、バーボンは私を見てはっきりと首を振った。
「あれはぼくじゃない…。ベルモットだ」
・・ー・・・・・ー・・・・・ー・・
ワイヤーを巻き取り、操縦席側のスキッドに手をかけた。工藤がもう片方に取り付く。
「どうするんだ!?」
「どうもこうもあるか、パンドラを手に入れる」
「ケースの中身が本当にパンドラなのか判らないんだろう?!」
「だから確かめるんだ! 今夜が」
〝パンドラ伝説が意味を持つ最後の夜〟なんだ。怪盗キッドが、怪盗として生きる最後の夜───。
・・・・・
「兄貴、これを」
アタッシュケースを差し出すと、兄貴は目を細めておれを見返した。
「…ウォッカ」
「申し訳ありやせん。おれは此処までです。このヘリは始末しやす。だから、兄貴は…」
爆発で背中に突き刺さった破片が邪魔で、姿勢がとりにくい。
「残念だぜ、ウォッカ」
「勿体ねえ…お言葉で」
操縦桿を握る手に力が入らない。視界が霞む。サングラスを外して目を擦った。急がねえと…。
沿岸の工業地帯を越え、ようやく次のビル群が見えてきた。あそこなら。
最後に…ひとつだけ。
「兄貴」
スライドドアに手をかけた兄貴が振り向く。インカムはまだ生きている。
「おれは…、おれは、兄貴に、詫びなきゃなんねえことが…っ」
続けようとしたが、口から噴き出した血に遮られた。
もう話せなかった。喘ぐように息をするのがやっとだ。
兄貴がおれに言う。
「構わねえさ、ウォッカ。てめえが何を謝ろうとしてるのか知らねえがな」
・・・・・
ヘリが降下を始めた。
ビル群が近付いている。着陸するつもりか。それにしては安定が悪い。大きく振られて体が横に流れた。
「!?」
ヘリの反対側から黒い物が投げ出された。
何が落ちたのか判らず、俺は咄嗟の判断が出来なかった。
「工藤っ?!!!」
工藤が手を放し、飛び降りる。
馬鹿な。
───アタッシュケースだ。
工藤が追って飛び降りたのは、投げ捨てられたアタッシュケースだ!!
俺も手を放した。
月明かりで工藤がかろうじて見える。暗く冷たい夜空を真っ逆様に落下していく姿が。
拙い。高度がない。
工藤になかなか近付けない。
かつて覚えたことがないほどの戦慄に襲われ、パニックを起こす。
工藤が、墜ちて…死ぬ──?!
手が届かない。焦りで気が狂いそうだ。
俺がパンドラにこだわったせいだ。
自分の命なら賭けても悔いはないと思っていた。
だが・・・!!!
「工藤ーーーーっ!!!!!」
・・・・・
ウォッカが、ビルの屋上ギリギリに寄せヘリを飛行させる。俺は飛び降りた。
堅いコンクリートの上を転がり、体を起こして立ち上がる。
いったん上昇したヘリだったが、すぐに再び高度を下げ始め、ビルの谷間を浜へ向かっていった。
間もなく響く墜落の衝撃音。
踵を返し、俺は降りたビルの中へ向かった。身に付けているのは愛用のサイレンサーだけ。
ウォッカから託されたアタッシュケースだったが、今の俺にはどうでもいいものだった。だからくれてやった。
案の定、ヘリにぶら下がっていたガキどもは投げ落としたアタッシュケースを追って二人とも落下していった。
狙い撃とうと思えばできたが、しなかった。
俺を守って死んでゆくウォッカへの細(ささ)やかな手向けだった。
ウォッカは〝K〟に惚れていた。
ふと墜ちていったガキどもが生き残る事を期待している自分に気付いて驚く。
何故だ?
結局、俺はキッドも工藤新一も見逃した。
もしかしたら…俺も───。
ククッと自嘲し、煙草を取り出して火を着けた。
そんなわけはねえ。
月と彗星を見上げ、煙を吐き出す。
あばよ、ウォッカ。
そして独りになった俺は歩き出した。
・・ー・・・・・ー・・・・・ー・・
暗い海面が近付く。
もうだめだと、自分も工藤と一緒に死のうと思った時、不意に真下に白い翼が開いた。
怪盗の翼──!!
俺も翼を開いた。
波飛沫が頬に掛かった。墜落まで、間一髪だった。
「あーっ、危なかったな。ほら、アタッシュケースだぜ、キッド」
沖の堤防に着地したところで、得意顔で近寄ってきた工藤を俺はぶん殴った。
「…痛ってえ! 何すんだ!」
「馬鹿やろう!死んじまうかと思ったじゃねえか!! 翼を仕込んでたならそう言え! 俺は、俺は本当に…」
みっともないもなにもない。
怒鳴りながら涙が溢れて止められない。
頬を押さえた工藤が俺を見て真顔になる。
「キッドが探していた物が入っていればいいがな」
「そんなもん──」
どうでもいいと、本気で思った。
落下しながら俺の頭を閉めていたのは、工藤のことだけだった。
あれほど追い続けてきたパンドラのことなど、どうでもよかった。
真に大切なものが何か、かけがいのないものが何なのかが解ったのだ。
「…!」
工藤が俺を抱き締める。俺も工藤を抱き締めた。
夢じゃない。
生きている。
俺は、工藤と共に、生きてるんだ…!
20160405
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※シーンつづきます(汗)。数日中にはup予定←狼少年的予告(*_*; 描写不足、不備など反省はいずれ~(@@)
●拍手御礼
「ひとりごと/はじめましてです」「月光という名の真実」「確率」「未明の道」「囚人」「真贋」「燠火」「リセット」「帰れない」、カテゴリ★空耳 ★普通の高校生パラレル ★闇に棲む蜘蛛 ★ファーストステージ ★インターセプト、またKコ各話へも拍手ありがとうございました~(^^)/