先日…北京冬季五輪・冬季パラリンピックが終わりましたが…この機に中国映画なんかどうですか?

当時…何があったかわかる気がしますよ…。


「八伯-The Eight Hundred 」
1937年8月13日からの第二次上海事変の話、1937年7月7日の盧溝橋事件からチマチマこぜりあいやってたのが、日本軍が次々上海に上陸して、ここから人数がドッと増えて本格的に日中戦争がスタート。

それから
南京へ

「南京! 南京! 」

1937年12月からの南京攻略の話、もうヤケクソみたいにぜんぜんとまらない状態に。

このあと
重慶を攻撃

「エアストライク」

1938年2月からの重慶爆撃の話、無抵抗の市民も巻きこむ無差別爆撃になったので国際法違反に該当したため、これで諸外国が中国に対する支援を本格化。
そして
真珠湾攻撃、アメリカと開戦



この3本を観ると日中戦争が得意になりそうですよ…真珠湾攻撃の前までに何があったか知っておくといいと思いますよ…。





👴🏻上海戦から南京戦までは、こうなったらしい。当時から隠していたが、今では授業もちゃんとあるぞ。

👨🏻‍💼映画は誇張があるが、実際は、日本軍より現地の中国軍のほうがはるかに人数が多く、さらにハンス・フォン・ゼークトらドイツから来た100人以上の軍事顧問の指導を受けて、ドイツの最新兵器をもらって陣地を作って周到に準備していたため…
一説によると、8月13日の戦闘開始から、9月末までで日本軍第11師団は戦死者1,560名、戦傷者3,980名、第3師団は戦死者1,080名、戦傷者3,589名、上陸から11月8日までで日本の戦死者9,115名、負傷31,257名に達し、そのあとの南京への追撃戦で第9師団は戦死傷者18,761名、南京攻略戦では6,177名、合計65,310名の大被害だったようだ。

👨🏻‍🚀最後の映画「エアストライク」では、ブルース・ウイリス演ずるアメリカ軍人が重慶で蒋介石の中国軍を助けたような話になっているが、じつは、それはさすがにウソだ。ハリウッド映画特有の勝手な誇張だ。フィクションだ。実際はアメリカではなく、当時、ソ連軍が義勇兵を選抜して派遣し、2,000人以上のソ連兵が重慶をくり返し爆撃する日本軍と防空の戦闘機で戦って中国を助けた。
中国は、助けてくれたソ連軍のパイロットたちを「正義の剣」と呼んだ。今でも中国の武漢市には彼らをたたえる記念碑が立っている。
たしかに、アメリカは日中戦争で、蒋介石に雇われたアメリカ陸軍航空隊大尉のクレア・リー・シェンノートをリーダーに通称:フライングタイガース(中国名:飛虎)、高額報酬をエサにアメリカ軍のパイロットたちを集め、アメリカ合衆国義勇軍 (American Volunteer Group、略称:AVG)を結成して、重慶ではなくビルマで防空戦を行って中国を支援したが、それは重慶爆撃のあと、日本とアメリカが真珠湾攻撃で開戦したあとにはじまった。重慶爆撃のころはソ連兵たちが義勇兵だった。それは知っておいたほうがいい。映画はかなりウソだ。
👷🏻いわれると…「エアストライク」って映画には…重慶の空中戦でソ連製のポリカルポフI-152とI-153の複葉機とポリカルポフI-16の単葉機は出てくるけど…このアメリカ製のカーチスP-40はちょっとしか出てこないね〜…ソ連の戦闘機にアメリカ軍大佐のブルース・ウイリスが乗っているのは変だよね〜…。

👨🏻‍💼重慶爆撃で日本軍の零戦がデビューしたのはホントらしいな。艦上戦闘機なのに最初は爆撃機の支援戦闘機としてデビューしたらしい。
👴🏻重慶は、日本軍に攻めこまれて上海から西方に撤退した蒋介石が政府をおいて新首都にしたため、1938年2月から、真珠湾攻撃でアメリカと開戦する直前の1941年8月以降まで、なんと!4年間にも渡って、しつこく百回以上爆撃した。日本軍はかなりしつこかったようだ。一般市民まで巻きこんだため国際的な批判が火を噴いた。

👷🏻「日本やめろ〜〜!」って感じだったのかも…。

👨🏻‍🚀結果的に、当時のアメリカの国務長官ハルが、1941年11月26日に日本の駐米大使の野村吉三郎と来栖三郎の2人に出した、アメリカの日本に対する最後通牒となった、いわゆる「ハルノート」でも、日本の希望とは反対に、アメリカが支援する蒋介石政権(重慶政府)以外のいかなる中国の政権、政府も認めないこと、日本が支援していた汪兆銘政権(南京政府)を否認すること、日本が支那(中国のこと)と仏印(インドシナ半島)から全面撤兵することを求めた。おそらく日中戦争をやめさせようとしたのだろう。しかし、翌月12月1日に開かれた日本の御前会議はこれは受諾しがたいという結論を下し,日本はとうとう、アメリカ,イギリス,オランダに対する戦争開戦を御前会議で決定した。そして12月8日、真珠湾攻撃した。

🤦🏻‍♂️結局、上海事変から敗戦まで、日本はぜんぜん止まらなかったわけだ…。

👨🏻‍💼上海事変で戦闘がおきた建物は、今は観光スポットになっているそうだ。

👴🏻当時の記録によると、日本国内の熱狂的な盛り上がりとは反対に、戦地に行った日本軍は話がぜんぜんちがっていろいろ大変だったようだぞ。

👨🏻‍🎤そういえば…当時の日本があまりに無謀な米英との全面的開戦にまで至った原因は…当時の日本国内の世論が好戦的で…「戦争!戦争!」と盛り上がっていたからだという話がありますね…。

👲🏻まるで野球チームを応援しているみたいな単純なノリだね。

👨🏻‍🔬アメリカのスタンフォード大学の歴史学部長のデビッド・ケネディ氏は、第二次上海事変について「蔣介石は、盧溝橋事件をきっかけに中国の華北を侵略する日本をどうにかして追い払いたがっていた。しかし、蒋介石は、日本の本拠地の満州国と非常に接した北の北京で日本軍と戦うよりも、もともと自分の本拠地であり、最も有利に戦える南の上海、南京、漢口(武漢)、重慶などがある揚子江一帯に日本軍を誘いこむことを考えた。日本軍を自分にとって不利な地域から有利な地域におびきだそうと考えた。そして、第二次上海事変から、日本軍は撤退する中国軍を追いかけて北から南になだれこみ、蒋介石の作戦は見事に成功した」と分析したそうだ。
🙎🏻‍♂️さすが北伐を達成しただけあるな蒋介石は。戦争が上手だったんだろうな。

👷🏻そこまで広大なエリアになると…日本軍じゃ占領できないもんね〜…だんだん消耗して自滅するよね〜…。

👲🏻当時の日本の全人口は7,000万人しかいなかったし、中国は5億人もいたし、絶対無理だよ。

👨🏻‍🚀蒋介石は黄埔軍官学校という軍人士官学校の元校長だ。戦争は得意だろうな。東京振武学校とソ連軍にも留学したことがある。

👨🏻‍💼アレクサンダー・フォン・ファルケンハウゼンら蒋介石を助けたドイツの軍事顧問たちも「抗日戦争をおこして、日本を挑発しろ」「日本一国だけを敵とし、他の国とは親善政策をとること」「長期戦に持ちこみ、できるだけ多くの外国を介入させ、諸外国との全面的な国際戦争に追いこめば、日本は持ちこたえられない」と当時そそのかしたようだ。
🙎🏻‍♂️なるほど、ドイツ人が考えたのか。

👴🏻日本人は外国人に冷淡だからな。その国民性を暗に利用されたのかもしれんぞ。

👨🏻‍🎓ただでさえ…盧溝橋事件から中国とは仲が悪かったのに…敵の本拠地の上海の租界地まで…能天気な日本人居留民がノコノコ行って住むから悪い…ずっと満州にいればよかったんですよ…せっかく満州をつくったのに…。
👴🏻満州の首都、新京は当時、アジア1の都市といわれた。日本がつくった。

👨🏻‍💼「八伯」という上海事変の映画もかなり誇張しているが、実際は、中国軍は倉庫を要塞みたいに陣地にして、地上を攻めてくる日本軍を中国軍は建物の屋上の高い位置から機関銃で徹底的に狙い撃ったため、日本軍側は死者200人以上、負傷者はそれ以上の数百人と大被害だったらしい。それに比べて、最後は租界に撤退して、負けたことになった中国軍側は死者たった10人、負傷者たった37人だった。

👲🏻中国は意外と戦いかたがうまいんだな。

👷🏻中国は…北伐とか…国共内戦とか…国内でいっぱい戦争しているからね…うまくなるだろうね…。

👨🏻‍🚀内戦やっている国ほど戦争上手な国はないだろうな。

🕴🏻ふだんから練習しているようなもんだな…。

👴🏻日露戦争の有名な二百三高地攻略戦もそうだが、高い所にいる敵に下から攻めていく日本軍は撃たれてまくって、いつも大被害だ。そうとう死んだ。

🙎🏻‍♂️兵隊にとられて戦争に行くと「誰も帰ってこない」と昔はよくいったらしいもんな。

👨🏻‍💼日本はつねに大本営発表で「日本が勝った、日本が勝った」というが、どうも内容がちがうようだな。

👨🏻‍🚀上からはよく見えるからだ。有利な位置だ。

👦🏼上海事変最後の倉庫の戦いを…ココで解説してるよ…。

(英語版のみ)

👷🏻倉庫に近づこうとする日本兵を…上から機関銃で撃ちまくってるから…そうとうな死者が出たんだろうね…。

👨🏻‍💼ハシゴを使って窓から中に突入した日本兵2人も、待ち伏せしていた連中にすぐに殺されたようだな。
(中国上海・四行倉庫抗戦記念館展示物)

👨🏻‍🎤まるで対テロ突入部隊が…テロリストがたてこもる場所に突入したら…テロリストの待ち伏せにあって…全滅したみたいな…映画によくありますね…。

👴🏻しかし、今思えば、1931年9月18日に日本は柳条湖事件をおこして満州全土を占領して満州国をつくって、黒竜江省、吉林省、遼寧省、熱河省、内モンゴル自治区の一部などの中国の東北部を支配下におき、1935年には、さらに南の、北京市、天津市を含めた河北省、山西省、山東省などの華北を占領して拡大させて第2の満州国にしようと華北工作をはじめ、1937年7月7日の蘆溝橋事件をきっかけに一気に乗っとろうと、7月末には華北で総攻撃を開始した。中国にとっては日本のほうがテロリストだったかもしれんぞ。
 
👩🏻‍🎤テロリストというより暴走族か…。

👨🏻‍🚀こうなった。
🕴🏻まるで不動産業者がマンション建設用地を奪いとっているような感じがするな…。

👨🏻‍🌾日中戦争は軍を使った強引な地上げだったのか。

👨🏻‍🏫1937年の8月からの日本による南京、広東、杭州などに対する爆撃は無差別爆撃とみなされ、翌月9月に国際連盟総会は日本への非難決議を採択した。しかし、日本はさらに1938年2月から新首都である重慶に対して無差別爆撃を続けた。そのため、1938年9月30日に国際連盟は加盟国による日本に対する経済制裁を決定し、「戦時における空爆からの文民の保護」を次のように規定した。

1、一般住民を故意に攻撃することは違法である。

2、爆撃の標的は合法的な軍事目標で、しかも、空中から確認できるものでなければならない。

3、正当な軍事的目標に対する攻撃は、その付近の平和的人民が誤爆を受けて巻きこまれないようにやらなければならない。

👨🏻‍🚀それ以前、1933年7月に日本は国際連盟を脱退した。脱退したから、国際連盟による経済制裁はできないはずと考えていたが、この重慶への無差別爆撃のせいで、とうとう経済制裁されるようになった。


👴🏻日本はどうしてもやめられないようだな。

👦🏻もともと、当時の国連調査団みたいなリットン調査団に「柳条湖事件は日本軍の自作自演だ」と見破られて怒られたら、あわてて日本は国際連盟から逃げ出したんだよね。
👲🏻日本は柳条湖事件を「中国軍の犯行だ」と発表して大ウソをついて、ちゃっかり因縁つけて、満州での軍事作戦と占領の正当な理由にして強引な地上げをはじめたんだよ。それをみんなに「自作自演だ」「ウソつき」といわれたら立場ないね。

🤦🏻‍♂️中国の地上げのせいで、結局は国家が崩壊したわけだ…。

👷🏻マンション会社はよく倒産する…強引なことやってよく倒産する…。

👨🏻‍💼当時の日本は、石油の8割をアメリカからの輸入石油に頼っていた。アメリカは国際連盟には加盟していなかったが、この国際連盟の加盟国による経済制裁に国際協調し、1941年8月、アメリカは日本への石油の輸出を全面ストップした。日本は大事な石油が無くなるから怒りだした。それが、日本がアメリカと開戦、真珠湾攻撃した原因だ。

👲🏻国産でいい飛行機ができたから、どこもかしこもなんでも爆撃したくなったのかもね。

🕴🏻しかも…宣戦布告なしの奇襲攻撃で爆撃しちゃダメでしょ〜…。

👴🏻1942年12月の皇室の小倉庫次侍従日記によると、当時、日本陸海軍の最高指揮官の昭和天皇は「戦争はやるまでは慎重に、はじめたら徹底してやらねばならぬ」と言っていたそうだ。これでは止まらんな。

👩🏻‍🎤やっちまった〜。

👩🏻‍🎨日露戦争に勝ったあと1905年にポーツマス条約で、クリミア半島みたいに南の関東州を日本の租借地にしたんですが、だんだん欲ばって、満州ぜんぶを乗っとったりしたわけですが、なんとなく、今、大々的にウクライナに侵略しているロシアみたいですね。
🙎🏻‍♂️満州に侵略したのは、その関東州に配備されていた軍、いわゆる関東軍の暴走だったんだよ。次第に侵略が止まらなくなったんだ。

👨🏼満州には、石炭、鉄鉱石、石油、アルミニウムの原料のボーキサイトなどの天然資源があったからな。当時の重工業化した日本は、それらの天然原料が欲しくて満州に侵略したんだろう。
(英語版のみ)

👷🏻日本は…どうしても…どうしても…欲しかったんだろうね…。

🙍🏻‍♂️重工業化したら「大陸に行かないとダメだ」と思ったんだろうな、日本も。

👲🏻日本は鉄鉱石すら無い島だもんね。

👨🏻‍🎤ぜんぜん関東軍だけの暴走じゃなくて…天皇陛下から下士官まで含めた国全体の謀略だったのかも…。

👵🏻国民も満蒙開拓団に憧れていたのがいっぱいいたわよ〜…満州の馬賊に憧れていたのもいたわよ〜…。

👴🏻日本はそのころ「中国大陸ブーム」だった。

👨🏻‍🏫満州占領は経済的な理由が大きかった。当時、世界は世界大恐慌のまっただなか、恐慌で日本国内の農村は疲弊し、さらに凶作で口減らしまであったほどひどかった。農村の人は中国大陸に行きたがっていた。移住したがっていた。他国は世界恐慌のせいで、アメリカはニューディール政策をやり、古い国のイギリスやフランスは、他国の輸出商品に高関税をかけたり、輸入制限をして、自国と植民地とのあいだで保護貿易をはじめて利益を確保した。反対に植民地が少ない国は自国の輸出品が売れなくなって不利になった。当時の日本の主力輸出商品だった生糸の輸出も減り、繭価が暴落した。養蚕で活気があった国内の農村は借金や生活苦から土地を手放し、自作農も小作農も農業をやめざるを得ない状況に追いこまれ悲惨になった。
そのため、植民地の無い新興国のドイツやイタリアは、イギリスやフランスと似たようなことをやりたくて、植民地を求めて軍事力を強化して他国へ侵攻し、植民地を増やしていった。日本も同じように植民地を樺太島の下半分、朝鮮半島、関東州、台湾島だけでなく、天然資源がある広い満州まで拡大したがったんだ。当時の日本の国民も満州国ができて大喜びした。国民が大喝采だった。
しかも、蔣介石は、共産党との内戦を優先して、満州への日本の侵略を黙認してくれたんだ。日本もツライのを知っていた。ところが、当時の日本の国民は国内の政党内閣に失望し、日本軍に期待するようになっていった。国民の熱狂的な支持をバックに満州駐留の関東軍は暴走していった。国民の期待に応えて、欲ばった日本軍がさらに北京市を含めた華北まで狙うと、蒋介石はさすがに困って、中国のために日本を追い払う戦争をはじめたんだ。それが日中戦争だよ。

👲🏻恐慌不況で、農業、生糸の養蚕業から新興産業の鉄鋼業、建設業に転職したようなもんだな。

👨🏻‍🎨満州は建設ブームだった。そこでやめときゃよかったんだよ。

👷🏻日本はやりすぎたな〜と思うよ…シンガポールやフィリピンやインドネシアやオーストラリアまで攻撃して…ベトナム・タイ・ビルマ・ニューギニアまで行って…アメリカと太平洋戦争までやって…インドまで行ったりして…。

🤦🏻‍♂️満州からの南進策は失敗だったな…北進してればよかったんだよ。

👨🏻‍💻半導体と似ているような気がするな…。

👨🏻‍🚀日本は重慶に爆撃をくりかえして、なんとかして蒋介石を降伏させようとしたが、次々と、ドイツ、ソ連、イギリス、フランス、アメリカが蒋介石を支援して、教官役の軍事顧問を送り、空中戦から、戦車、装甲車、トラック、大砲、迫撃砲、機関砲、機関銃、ライフル、拳銃、手榴弾、ガスマスク、ヘルメット、戦闘機、爆撃機などの兵器もあげた。援助物資も大量に送り続けた。
👷🏻イギリス製のビッカーズ装甲車…ドイツ製のパンツァー1号…ソ連製のT-26戦車…アメリカ製のM3スチュアート戦車…中国はいろいろもらったんだね…これでは日本も困っちゃうね…。

  
👨🏻‍🚀日本は逆に外国から経済制裁をどんどん厳しくされて劣勢になった。ヤケクソになった日本はとうとう真珠湾攻撃をしたんだ。国際協調をしないとこうなる。

👷🏻アメリカ製のカーチスF11CとBS2Cホークと…ソ連製のポリカルポフI-15とI-16だけでなくて…アメリカ製のボーイングP-26ピーシューター戦闘機に…なんと!アメリカ製のノースロップガンマ2EとマーチンB-10…ドイツ製のハインケルHe111…ソ連製のツポレフSB爆撃機まであったか…。

👲🏻清朝のこんな時代から…日本の侵略のせいでずいぶん進化したね…。
👷🏻大砲の砲弾がまだ砲丸だ…。

👨🏻‍🚀アメリカが支援を開始してから、さらに進化した。日本は勝てなくなっていった。
👴🏻中国にアメリカのM4シャーマン戦車があったとはな。当時の日本の戦車はこれには勝てなかった。
👷🏻アメリカ製のリパブリックP-43戦闘機をもらって中国が満面の笑顔だ…。

👲🏻だんだん新型機が出てくると、零戦も勝てなくなるね。

👨🏻‍🚀たしかに、アメリカがグラマンF6Fヘルキャットとチャンス・ヴォートF4Uコルセアを出してからは、零戦は完全に敗退した。

👷🏻ひたすら世界が開発するのは…コロナワクチンみたいだ…。

🙇🏻自分の国にした本拠地の満州から南にまんまとおびき出された日本軍が…ドンドン殺され続けたわけだ…最後の日本軍は全滅玉砕だらけになった…。

👨🏼日本はクラッシュした。

👨🏻‍🚀たしかに、満州からいちばん遠く離れた、1942年(昭和17年)12月8日に南太平洋のニューギニア島のゴナ、1943年(昭和18年)1月2日にニューギニア島のブナの守備隊、1943年(昭和18年)5月29日にアリューシャン列島のアッツ島の守備隊、1943年(昭和18年)11月22日に南太平洋のギルバート諸島のマキンとタラワ、1944年(昭和19年)2月5日にマーシャル諸島のクェゼリン環礁、2月23日にマーシャル諸島のブラウン環礁、7月3日にビアク島、7月7日にサイパン島、8月3日にテニアン島、8月11日にグアム島、9月7日にビルマの拉孟(ばもう)、9月13日に中国雲南省の騰越(とうえつ)、9月19日に南太平洋のアンガウル島、11月24日にペリリュー島、1945年(昭和20年)3月3日にニューブリテン島のバイエンと、遠く離れたところから次々全滅玉砕した。そして、とうとう、3月17日に日本本土に近い硫黄島、6月23日に沖縄が陥落した。天然資源の多いオーストラリアを占領しようと、その手前の南太平洋のニューギニア島まで突出したせいで、逆に満州が手薄になり、8月9日からソ連軍が攻めてきて、満州も中国にとり返された。
👨🏻‍🌾放漫経営で倒産したマンション会社みたいだな。

👷🏻手薄になった満州には予備の大砲もなかったそうだよ…。

👩🏻‍🎨最後のニューブリテン島のバイエンの玉砕は、水木しげるさんがマンガにしていますよ。

👨🏻‍🚀そのあとも、8月16日に中国黒竜江省・牡丹江守備隊、8月21日に千島列島・占守島守備隊、8月21日に中国江西省・桂柳守備隊、8月25日に樺太島守備隊、8月26日に黒竜江省・虎頭要塞守備隊、9月5日に満州守備隊と続いた。

👨🏻‍💼先日亡くなった俳優の宝田明さんも満州で大変だったらしい。

👴🏻思えば、アメリカと開戦するまで、日本は陰険な謀略ばっかりしていたな。張作霖爆殺事件からはじまって、柳条湖事件、上海日本人僧侶殺害事件、しまいには、満州事変の終息に尽力した犬養毅首相まで「五・一五事件」で暗殺した。

👳🏻まるでロシアみたいだな。

👲🏻プーチンさん似ているな。暗殺した人数はハンパないらしい。



👨🏻‍🎤上海の日蓮宗日本人僧侶襲撃事件が…上海事変勃発と日中戦争本格化のきっかけだったとは…なんとなさけない…。

👨🏻‍🎓戦争をしている最中に…敵の本拠地というあぶない所にノコノコ行く能天気なバカはどうしようもない…。

🤷🏻‍♂️1931年9月の柳条湖事件の翌年の、満州事変で日本人が中国軍と戦争している時に、よく行くよな…。

👩🏻‍🎨上海日本人僧侶襲撃事件も、日本軍の謀略だったようです。

🙇🏻‍♀️ウクライナに侵攻しているロシアも経済制裁で石油の輸入が禁止になりそうですよ…どうしましょう〜…。

👨🏻‍💼ウクライナも、いろんな国が応援しているようだな。ウクライナは意外にロシアに善戦しているようだ。これでは日本も勝てなかったわけだな。

👨🏻‍🚀信じられない数の各国の義勇兵がウクライナに参加しているようだ。

👷🏻ゴルゴ13級が参加しているらしいよ…。

👨🏻‍💼なんと!終戦時、ソ連のスターリンは北海道の北部まで占領したがっていたらしい。

👲🏻北海道が、ウクライナのドネツクみたいになってたかも。

👷🏻戦後…北海道にソ連邦があったらあぶなかったね…北海道に戦車や装甲車や戦闘機があったら…いつか攻めてきただろうね…。
👨🏻‍🌾最近、ロシアは北方領土にミサイルを配備したよ。

🕴🏻いまだにロシアは北海道を狙ってんじゃないの…いつか…ウクライナみたいに攻めこんでくるんじゃないの…。

👷🏻でも…自衛隊の中身は緊急事態級で…あぶないらしいよ…。

🙎🏻‍♂️だったら、ロシア製武器も、アメリカ製武器も、イギリス製、フランス製、ドイツ製、オーストリア製、ベルギー製、スウェーデン製武器も全部買って、高校生ぐらいから使い方を覚えたほうがまじめに早いかもな。
👨🏻‍🎤ですね…。

👲🏻トルコ製もいいよ。

👷🏻今回はドローンが大活躍しているよ…ロシアは電波妨害して必死に防いでいるらしいよ…。

👨🏻‍💼ロシアが、国後島と択捉島で軍事演習を開始したようだ。来るぞ。

👨🏻‍🚀こうなる。





(画像は投稿されたもの)