(以下引用)
医者が出す「7種類の薬」
「薬を飲んで体調が良くなるなら、薬が増えても仕方ないと思います。ですが、病院にかかったせいで必要のない薬を大量に処方されていたのなら、なんのために毎日、膨大な量の薬を無理して飲みこんでいたのかと、やりきれなさを感じます」
そう語るのは、先月まで毎日7種類14錠の薬を飲み続けていた板橋秀幸さん(77歳、仮名)だ。
厚労省の調べによると、75歳以上の4人に1人が7種類以上もの薬を飲んでいるという。そのなかには、本当に必要なのか疑わしい薬が入っていることも少なくない。
薬剤師の青島周一氏は、飲みきれないほどの薬が処方される原因は、「ある症状が出たときに、それが薬の副作用によるものかどうかを確かめずに、さらに薬が追加されることにある」と明かす。
「たとえば、降圧剤の一種であるカルシウム拮抗剤のアムロジピンは、むくみを引き起こしやすい。むくみの原因は心臓疾患のこともありますが、副作用の可能性をきちんと確かめずに、とりあえず利尿剤が処方される場合があるのです。
それによって頻尿になり、次に頻尿を抑える薬が出されて、その薬の副作用で今度は便秘になり、さらにセンノサイドなどの下剤が追加されてしまうこともあります」
ほかにも、リウマチの薬を飲んで間質性肺炎を発症しているのに、肺炎の治療のためにステロイドが出されて、その副作用で血糖値が上がり、今度はインシュリンを投与されるなど、対症療法による負の連鎖の例は数えきれない。
洛和会丸太町病院救急・総合診療科部長の上田剛士氏は、多量の薬が処方される理由をこう明かす。
「大病院で循環器内科、糖尿病内科、神経内科と複数の診療科にかかる患者さんほど、薬が積み上がっていきやすい。ほかの医師が出した薬との重複や相互作用が見逃されたり、『私は循環器が専門なので、呼吸器の先生が出した薬を止めることはできない』と言われることが少なくないのです」
とくに内科系の疾患でいくつも受診していると、薬が多くなる傾向がある。
「内科系の医師は、『万が一、合併症が起きたら大変だ』という心理が働くのでしょう。『念のため』と、合併症の予防薬を処方されて、薬が増えていくケースが散見されます」(前出の青島氏)
高齢者は腎臓、肝臓の機能が衰えていることが多く、薬が体に残る時間が長い。そのため、複数の薬を飲めば、血中の薬の濃度が上がり、めまいやふらつきといった副作用がより一層出やすくなる。実際、高齢者で薬を6種類以上飲むと、薬による有害事象が明らかに増えるという報告もある。
病気を治したいと、真面目に病院を回って医者の言葉を守る患者ほど、薬が増えて、副作用も増すというのは皮肉な話だ。
とくに、向精神薬や睡眠薬は、精神科の病気でなくとも、安易に処方される傾向がある。効き目がなければ増量されることも珍しくない。
「眠りが浅いようなので、睡眠薬も出しておきましょう」という医者の言葉に従ったために、気づけばいくつもの薬を飲み、ふらつきが出て転倒することもあるので危険だ。
薬が減らない理由はそれだけではない。耳を疑う話だが、実は「効くはずがない薬」が処方されていることもあるのだ。
東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長の川口浩氏は、「とくに整形外科の薬は、効果があると実証されていない症状に対して乱用されることが多い」と指摘する。
たとえば、疼痛(とうつう)に処方されるリリカ。発売開始以来長らく国内販売ランキングの上位に位置し続け、2018年度の日本国内売り上げは1007億円という超人気薬だ。
「リリカは、神経が障害されたところに発生する『α2δ』という成分を抑えこむ薬ですが、このα2δは、脊椎損傷や帯状疱疹など、神経を切断したり、壊死させるぐらいのダメージを与えないと生じません。
リリカはたいてい、坐骨神経痛や、変形性脊椎症、膝関節症などの整形外科の疾患の痛みに処方されています。しかし、これらの病気は単に神経が圧迫されて生じるものなので、効くはずがない。権威ある国際的な医学誌でも、この問題が指摘されています」(川口氏)
実際には、ロキソニンやボルタレンといった非ステロイド性の痛み止めが効かないとなると、すぐにリリカが処方されるのが現実だ。
「整形外科の薬は市場が大きい。だから製薬会社は、ほかの診療科で使われている薬の適用を拡大することで、整形外科の疾患に当てはめようと必死になるわけです。
しかし、適用拡大した病気に対する臨床試験を行っておらず、その効能はまったく実証されていません」(川口氏)
こうした「治るわけのない薬」が出されているから、いつまで経っても症状は改善せず、あの薬も、この薬もと何種類もの薬を飲み続ける羽目になるのだ。
いまあなたが7種類以上の薬を飲んでいるなら、無駄な薬が含まれている可能性は極めて高い。薬をやめる勇気が、あなたを救う道となる。
こんな「糖尿病」なら薬は不要
「血糖値が高いので、糖尿病の薬を出しましょう」
医者にそう言われるままに、20年近く薬を飲み続けた河原茂子さん(仮名、82歳)は、最近感じたという体調の変化をこう振り返る。
「60代のときに、糖尿病と診断されて、薬を飲み始めました。最初はSU薬の1種類だけでしたが、医者から『なかなか血糖値が下がりませんね。薬を増やしましょう』と言われてDPP―4阻害薬も追加して、糖尿病の薬だけで3種類飲んでいました。
医者に『薬のおかげで血糖値は正常になっているから、このまま飲み続けましょう』と言われていましたが、2ヵ月ほど前から、寝ている間に冷や汗をかいて、目が覚めるようになりました。
そこで薬剤師に相談したところ、『低血糖を起こしている可能性が高いので、このまま薬を飲み続けると、最悪の場合、死に至ることもあります。薬を減らしたほうがいいですよ』と言われて、たいへん驚きました」
河原さんはほかの病院を訪れて、高齢者が急にすべての糖尿病の薬をやめるのは危険が伴うという理由から、まずは2種類の薬を中止して経過観察中だ。本人は、「薬を減らしただけでも、悩まされていた症状は改善しました」と喜ぶ。
新潟大学名誉教授の岡田正彦氏は、「たしかに、成人で糖尿病と診断されたなら、血糖値を下げるメリットはあります。しかし、高齢者が若い人と同じように薬を飲んだら、たちまち低血糖を起こして体調が悪化してしまう」と指摘する。
「成人患者の場合、空腹時の血糖値は110mg/dl未満が望ましいとされています。ですが、これはあくまで、現役世代の人の話です。
欧米では、高齢者なら、空腹時血糖値の平均値を180~200mg/dlにすべきだと考えられています。これは40代、50代なら薬を出される数値ですが、年配の患者はこのぐらい高い数値に保っておかないと、かえってリスクが大きくなるのです。
日本の医者は、海外では常識となりつつあるこうした知識を知らないのです」(岡田氏)
現在のガイドラインでは、糖尿病の診断基準の一つは、空腹時血糖値が126mg/dl以上とされているが、高齢者なら180~200mg/dlでも薬を飲む必要はないということだ。
年輩者の糖尿病には過剰に反応する必要はないということは、いくつもの研究でも報告されている。
「近年の研究では、高齢者に対して糖尿病の薬を使って厳格に血糖値をコントロールしても、死亡率は改善しないと言われています。むしろ、過剰に薬を飲んで低血糖になると、脳卒中などの重大な心血管疾患や死亡のリスクが増大するとわかってきました」(前出の薬剤師・青島周一氏)
高齢者は、低血糖の症状が現れないまま血糖値が下がっていくことがあるため、重度の低血糖を引き起こしやすい。とくに効き目の強いインスリン製剤や、SU薬は、重度の低血糖のリスクを高めてしまうので、注意が必要だ。
糖尿病の薬は、あくまでも脳卒中や心臓病などの合併症を防いで、死亡率を下げるための手段にすぎない。こうしたメリットが見込めないなら、何のために薬を飲むのかわからないだろう。そんな糖尿病なら、放っておいたほうがよっぽどいい。
「認知症」は治らないのに
7月、スイスの巨大製薬会社・ノバルティス社は、アルツハイマー病治療薬の治験を中止すると発表した。
3月にはアメリカのバイオジェンと日本のエーザイも、最も実用化に近いとされていた治療薬の開発を中止したばかり。
エーザイには、まだ望みのある新薬の研究が2つ残っているとはいえ、認知症の薬の開発失敗が相次いでいることには違いない。
筑波大学大学院人間総合科学研究科教授・水上勝義氏はこう解説する。
「これまでの抗認知症薬の多くは、アルツハイマー型認知症の症状の進行を遅らせる効果しか実証されていませんでしたが、近年、『認知症の根本治療』を掲げる新薬プロジェクトがいくつも進んでいたのです。
アルツハイマー型認知症は、『アミロイドβたんぱく質』が脳に溜まることで起こると考えられています。この原因物質を除去すれば、認知症は治るはずだという考えのもとに創薬が進んでいましたが、結局、薬でアミロイドβを取り除いても、認知症の進行はなかなか止められないことがわかってきました」
アメリカの報告によれば、2017年までの20年間で、146もの抗認知症薬の開発が撤退に追い込まれている。残念ながら、7月のノバルティスの失敗によって、治療のハードルが依然としてとても高いことが明らかになった。
現在使われている抗認知症薬は、認知症の進行を抑える薬だ。根治は不可能とはいえ、病気が進むのを半年~1年遅らせることができれば、高齢の患者にとってはその分だけ、生活しやすい時間が増える。それは決して意味のないことではないだろう。
だが一方で、薬を飲んでも効果が見込めない種類の認知症患者に対して、安易に薬が出されているのもまた現実だ。たかせクリニック理事長・高瀬義昌氏は、その実情をこう語る。
「抗認知症薬の効果が期待できるのは、アルツハイマー型認知症と、一部のレビー小体型認知症だけです。それ以外の認知症には効果がないのは明らかなので、薬を出す前に、アルツハイマー型か否かの診断を細密に行うのが重要になります。
ですが実際には、画像診断や血液検査を行わずに、『物忘れが出ているから、アルツハイマーだろう』と決めつけて、処方してしまうことが多いのです」
アルツハイマー型認知症でないのに、薬を飲み続けるのは無駄であるどころか危険だ。
「前頭側頭型認知症の患者に抗認知症薬を使うと、逆に症状が悪化することもあります」(前出の水上氏)
そもそも、認知症の薬は効果に個人差が大きく、効果のある人もいれば、かえって症状を悪化させてしまう人もいる。
「アルツハイマー型も含め、認知症の患者は、注意力が低下する、場面にそぐわない言動をするなどの症状を引き起こす『せん妄』が起きやすい。
アリセプト、レミニールといったコリンエステラーゼ阻害薬という抗認知症薬は、せん妄を悪化させてしまうことがあります」(前出の高瀬氏)
認知症は現代医療では治療不可能。医者としてもそれはわかっているが、患者が来れば薬を出して、お茶を濁すしかないのが実情だ。
医師は大変なことのように言うが
「血圧が高いですね。このまま放っておくと、ある日突然、脳出血や心筋梗塞を起こして、寝たきりとなる恐れがあります」
高血圧を放置して、知らぬ間に死を招かぬように、薬を飲んで予防しましょう。血圧に限らず、高血糖、高コレステロールでも、このような脅し文句を言ってくる医者は数知れない。
しかし、ある程度の年を重ねれば、検査で異常が見つかるのは当たり前。血圧を例にとってみても、年を取ると血管が硬くなって血液が全身まで行き渡りにくくなるため、血流が滞ることのないように、自然に体が血圧を上げて対処している。つまり、加齢によって血圧が上がるのにも、それ相応のワケがあるということだ。
必要があるから血圧が上がっているにもかかわらず、それに抗って、むやみに数値を下げようものなら、当然、体に不調が出てしまう。これは、高血糖、高コレステロールとて同じことだ。
では一体なぜ、医者は高齢者の生活習慣病を、さも大変なことのように言うのか。医師の岡田正彦氏は、その理由をこう話す。
「血圧であれ、血糖値であれ、コレステロール値であれ、検査値が悪い人は寿命が短いというデータは、たしかに存在します。このエビデンスから、私を含め、多くの医者や専門家が、『ならば、薬を使って数値を下げれば、寿命が延びるはずだ』と考えてしまった。
ですが後に、複数の研究によって、薬で数値を下げれば長生きできるかと言えば、決してそうではないということが明らかになったのです」
運動をしたり、ストレスを減らして数値が下がるのはいい。しかし、数値が高いからといって、それだけを薬で下げても寿命が延びるわけではないのだ。
残念ながら、いまだにこうした「誤解」が医者の間で広く信じ続けられている。だからこそ、検査値が高いと、なりふり構わず、薬を使って改善させようとする医者が減らない。
しかし、こうした治療を見直す時が来ている。
「中年以降の人で、血圧が高くて降圧剤を飲み続けている人を対象に、あえて薬をやめたらどうなるのかを調べた興味深い研究があります。
被験者に薬をやめてもらったところ、当然血圧は上がった。ですが、脳卒中・心筋梗塞の発症率は上がらなかったうえに、認知機能が向上したのです。この研究は、降圧剤で血圧を下げすぎたことで、認知機能が低下している可能性があるということを示唆しているわけです」(岡田氏)
高コレステロールに対して頻繁に処方されるスタチンも、どこまで効果があるかは疑わしい。
「スタチンは、一度も心筋梗塞を発症したことのない人に対して、今後心筋梗塞を起こすのを予防する効果は高くないと言われています。心筋梗塞を起こしたことがない高齢者は、コレステロール値が安定していれば、総コレステロール値の基準値120~220mg/dLより高くとも、スタチンをやめる影響は大きくないと考えます。
また、糖尿病のない75歳以上の高齢者約4万人に対して行った研究では、スタチンを飲んでも、死亡率は低下しなかったと報告されています」(薬剤師の青島周一氏)
とくに高齢者は、糖尿病だと診断されていても、薬を飲まないほうが、メリットが大きい。
高齢になって自然と上がっていく検査値を、成人のガイドラインに当てはめて下げようとしても、かえってデメリットのほうが上回る。大袈裟にリスクを強調されても、うろたえてはいけない。その数値は本当に異常なのか。そう問わなければ、後悔することになる。