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ピンクのバスクリンに浸かっているような安らぎに出会う旅

夜の京都御所に迷い込みました。


駅を一つ間違えて。

目的地に行くには、御所を突っ切った方が早かったので。



ていうか、御所24時間空いてんねや(・_・;)知らんかった…。

(一応皇居やのに…いいんかな…;)恐る恐る門を潜った。



もちろん建物の部分は立ち入り禁止ですが、
周りをぐるりと取り囲む広大な庭?(森?)の部分が
昼間は人々の憩いの場となっています。

でもまさか夜も入れるとは。



しかも、夜の御所散歩を楽しむ人が、ちらほらいることに驚きながら、私もそれに混じる。





夜空にそびえ立つ木々の群れは、
さながら超ドデカい等身大の水墨画みたいだった。



近くにいかないと、何の木かわからない。



そばにいって初めて、ああ、マツだ。とか気づく。



しかも日中に、私はマツには近づかないし、興味もない。


遠目から、マツやな、って思うだけ。



でも今夜初めて、夜に木の根元から見上げるマツのシルエットの
こんなに美しいという事に驚いた。





遠巻きにサクラかな、と思って近づいたら
それはモミジで
秋に紅葉させるための新しい葉っぱの赤ちゃんが
今まさに芽吹いている時だった。

んもうそれがむっちゃ可愛い!



昼間に歩いていたら、他の木や花のきらびやかさに気をとられて
今旬じゃないモミジには目もくれなかっただろうな。





木の幹の香りをかぎ、芳香の主張にハッとさせられたり。





木って、
「木」やな。
って普段は思うだけやけど、

生きてんねや。


暗闇では、
息吹が聞こえる位の
水を吸う音が聞こえる位の存在感を感じた。




日が明るいときは
目に見えるものを見て
それで分かった気分になってしまうんかな。



本当にそれを理解するのは
興味を持ったとき。
知ろうとするとき。
触れ、感じるとき。
理解しようとするとき。
それに心を開くとき。


なんかな?




夜の生きたパノラマ実物大水墨画を独り占めやー!!ウォー!
久々の、木々のそばにいる安心感。
やっぱり、好きやなあ、木。



目的地には、遅刻到着しました(笑)

ビスコの裏にこんなものを見つけました。



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思わず買いました。



キミサイコー!


いい響きやな。


こどもに教えることは、


おとなにもひつようなこと



いいとこリスト、書いてみようかな。

今年に入ってから、

じわじわと、段々強く、

「家族」 というテーマが

私につきまとう。


今日、縁あって

カフナ・ボディワークについて書かれたものを読んでいたら

'Family'

って言葉が出てきて。


それは特に、家族に特化して書かれたものではなかったけど、

なんかそこだけが私の中にフォーカスされた。



ハワイって、家族という概念を大事にしますよね。

親、子、パートナーはもちろん、

先祖代々、

同じ釜の飯を食った仲間も家族。



その概念は知っていた。


まあ、ちょっとウザかった。


私には関係のない概念。


ひとごと だった。



でも今日、 Family って単語を見たとき、

自分の中で、何かが、プリッ、てむけた気がした。





私は 家族 というものを、理解できていない。



本当に小さい頃は、家族といて、幸せだったはずだ。

でも今は、思い出せない。

思い出そうとすると、苦しい。悲しい。

怖い。


この血を次へ繋げたくない。

ここで、負の連鎖を絶とう。

親戚と今まで費やしてきた時間と経験から、そう決めた。


亡くなった、身近な、大事な人たちには花をたむけても、

先祖に恩義を感じることができない。


別に、頼んでこの血を受け継いだんとちゃうし。

おばあちゃんが 頑なに墓の守人をしている感覚を、理解できない。

見たこともない人たちなのに。




ダーリンのプロポーズを、何度か断った。


一緒にいれたら、それでいいのに。

ミッキーとミニーみたいに、永遠の恋人でいいやん。

うちら子供望んでないねんから、結婚する意味あんの?

肩書きなんて、あんた気にするタチやったか?


家族になりたいという、彼の感情を、理解しようと、猶予をもらった。

結局、答えは出なかった。



そのうち、結婚したほうがいい事務的な理由を見つけ、ここぞと入籍した。

私にはありがたいきっかけだった。

一生返事ができないと思っていたから。


おめでとう!といわれると、苦しい。

「政略結婚やでー」と、笑って弁解。


弁解なんて、しなくていいねんけど…。

おめでとう、なんて、なにがめでたいのか。


 

ついに友人に、

「いつまでそれ言うの?」

と、言われてしまった。


「そんなん思ってんの自分だけやで」 って。



彼とは、私の

「家族でいる事」への無知と無関心で

未だによくもめる。




自己啓発セミナーに行った先輩から、


「親に遺書を書いてみ、おもしろいよ」


とアドバイスをもらった。


親に、真剣に遺書を書くことで


感謝とかいまさら言えない気持ちの裏に抑制されている、


自分でも気づかなかった、親に対する反発、怒り、悲しみ

そんなものが、あらわになるんだそうだ。


それをあらわにし、自分自身や親を、改めて理解する。

許す。


そうすると、すべてが

一見関係のないような事も、すべてが、

うまく回り始めるんだそうだ。



私は、まだ、それを書く勇気がない。


もう逢うことのない

逢うことのできない

その人たちに書くことなんか、

ありすぎて。

こわれれそうで、怖いから。



どんだけ繋がりが嫌やねん私。


こんだけ書くとわかりやすいなあ。



なんで嫌なんかな?


なにに怯えてるんかな?



でも、今日ここまで文字にして向き合えた。

結構な進歩だ。


そして今日


何か言葉ではよう言われへんけど、


カフナボディワークという入り口から

家族の概念が

少し心に落ちた気がする。



長いこと理解に苦しんだ計算問題が


ん…?んあぁ!!そういうことかぁ!

と、腑に落ちて解けた瞬間みたいな。


か、かぞ、家族… か、かん…感謝…

家族に…感謝?


あ!

家族に感謝か!

パキーン

つながりました。

いや、それはもはや

二つの言葉を繋げたのではなく、

新しい言葉。


すみません、意味わかんないですね(;´▽`A``



でも、なんとなく、

ダーリンが私と「家族」になる事に

こだわってくれた事

その気持ちを

受け入れられた気がする。



ハワイ、そのオハナという言葉に

今日やっと、不快感を感じなくなった。

ロミロミのおかげなんかな。


おばあちゃん、

ご先祖様とおばあちゃんを、

理解できてなくてごめんね。



今から、より正直に

ありがとう と


先祖の皆さん、

おばあちゃん

ダーリン

親戚(…は…まだやな;よし、時間かけよう)

そして、なぜか

ほかのあらゆるもの、こと、ひとに対して


朝起きたら言える気がするし、

言いたいなあとワクワクする自分がいる。


自分の全部を許すには

をもうちょっと時間はかかるけど、


やっと、


「家族」に向き合う


入り口には来れた気がする






このために、

ロミロミに出会ったのかな。