今年に入ってから、
じわじわと、段々強く、
「家族」 というテーマが
私につきまとう。
今日、縁あって
カフナ・ボディワークについて書かれたものを読んでいたら
'Family'
って言葉が出てきて。
それは特に、家族に特化して書かれたものではなかったけど、
なんかそこだけが私の中にフォーカスされた。
ハワイって、家族という概念を大事にしますよね。
親、子、パートナーはもちろん、
先祖代々、
同じ釜の飯を食った仲間も家族。
その概念は知っていた。
まあ、ちょっとウザかった。
私には関係のない概念。
ひとごと だった。
でも今日、 Family って単語を見たとき、
自分の中で、何かが、プリッ、てむけた気がした。
私は 家族 というものを、理解できていない。
本当に小さい頃は、家族といて、幸せだったはずだ。
でも今は、思い出せない。
思い出そうとすると、苦しい。悲しい。
怖い。
この血を次へ繋げたくない。
ここで、負の連鎖を絶とう。
親戚と今まで費やしてきた時間と経験から、そう決めた。
亡くなった、身近な、大事な人たちには花をたむけても、
先祖に恩義を感じることができない。
別に、頼んでこの血を受け継いだんとちゃうし。
おばあちゃんが 頑なに墓の守人をしている感覚を、理解できない。
見たこともない人たちなのに。
ダーリンのプロポーズを、何度か断った。
一緒にいれたら、それでいいのに。
ミッキーとミニーみたいに、永遠の恋人でいいやん。
うちら子供望んでないねんから、結婚する意味あんの?
肩書きなんて、あんた気にするタチやったか?
家族になりたいという、彼の感情を、理解しようと、猶予をもらった。
結局、答えは出なかった。
そのうち、結婚したほうがいい事務的な理由を見つけ、ここぞと入籍した。
私にはありがたいきっかけだった。
一生返事ができないと思っていたから。
おめでとう!といわれると、苦しい。
「政略結婚やでー」と、笑って弁解。
弁解なんて、しなくていいねんけど…。
おめでとう、なんて、なにがめでたいのか。
ついに友人に、
「いつまでそれ言うの?」
と、言われてしまった。
「そんなん思ってんの自分だけやで」 って。
彼とは、私の
「家族でいる事」への無知と無関心で
未だによくもめる。
自己啓発セミナーに行った先輩から、
「親に遺書を書いてみ、おもしろいよ」
とアドバイスをもらった。
親に、真剣に遺書を書くことで
感謝とかいまさら言えない気持ちの裏に抑制されている、
自分でも気づかなかった、親に対する反発、怒り、悲しみ
そんなものが、あらわになるんだそうだ。
それをあらわにし、自分自身や親を、改めて理解する。
許す。
そうすると、すべてが
一見関係のないような事も、すべてが、
うまく回り始めるんだそうだ。
私は、まだ、それを書く勇気がない。
もう逢うことのない
逢うことのできない
その人たちに書くことなんか、
ありすぎて。
こわれれそうで、怖いから。
どんだけ繋がりが嫌やねん私。
こんだけ書くとわかりやすいなあ。
なんで嫌なんかな?
なにに怯えてるんかな?
でも、今日ここまで文字にして向き合えた。
結構な進歩だ。
そして今日
何か言葉ではよう言われへんけど、
カフナボディワークという入り口から
家族の概念が
少し心に落ちた気がする。
長いこと理解に苦しんだ計算問題が
ん…?んあぁ!!そういうことかぁ!
と、腑に落ちて解けた瞬間みたいな。
か、かぞ、家族… か、かん…感謝…
家族に…感謝?
あ!
家族に感謝か!
パキーン
つながりました。
いや、それはもはや
二つの言葉を繋げたのではなく、
新しい言葉。
すみません、意味わかんないですね(;´▽`A``
でも、なんとなく、
ダーリンが私と「家族」になる事に
こだわってくれた事
その気持ちを
受け入れられた気がする。
ハワイ、そのオハナという言葉に
今日やっと、不快感を感じなくなった。
ロミロミのおかげなんかな。
おばあちゃん、
ご先祖様とおばあちゃんを、
理解できてなくてごめんね。
今から、より正直に
ありがとう と
先祖の皆さん、
おばあちゃん
ダーリン
親戚(…は…まだやな;よし、時間かけよう)
そして、なぜか
ほかのあらゆるもの、こと、ひとに対して
朝起きたら言える気がするし、
言いたいなあとワクワクする自分がいる。
自分の全部を許すには
をもうちょっと時間はかかるけど、
やっと、
「家族」に向き合う
入り口には来れた気がする
このために、
ロミロミに出会ったのかな。