講師の中島基浩です。
私が約30年前、公務員になっていろいろとそれまでの人生とは違うことが起こりました。
そのうちの一つが、メモを取る機会が増えたということです。
メモを取ること。
例えば、局の幹部職員が週に一回会議をするとき、毎回一人ずつ局の新入職員が呼ばれてメモ取りをしていました。
私も何回か、メモ取りに呼ばれたことがあります。
会議は独特の雰囲気があって緊張しました。
中近東第一課(当時)からは、通常課長が出席するのですが、代理で首席(課の№2)が出席することがありました。
人格者として知られた中近東第一課の首席は、緊張してる私を見ると、「今日のメモは中島君だね」と気軽にいつものように、いつもの調子で声をかけてくれました。
そういう何気ない優しさが、とてもありがたかったです。
本題です。
メモ取りですが、理想としては会議での全発言を、自分のメモに落とし込むことです。
メモに書いてあれば、大概のことは再現可能です。
もちろん、全発言をメモるのはムリという場合があります。
早口な発言、声の小さな発言、聞いたことがない固有名詞、まれですが同時に二人発言する。
こういうこともあるので、全発言をメモるというのは正直ムリなのですが、それでも姿勢、理想としては、全発言全内容メモというのを目標として掲げておいてください。
またいろいろ略語、矢印、図解などを駆使するのはいいことです。
例えば、国連はUN(United Nationsの略)、影響はE/K等。
略せるところは、どんどん自分で略語を決めて略しましょう。
メモは自分が見て、わかればいいのです。
繰り返しになりますが、メモは万人に見せるものではないです。
要は、例えば局の会議だと、自分がメモを見て、一課長がこういうこと言って、二課長が付け足したなど、一連のやり取りを自分がわかるようにメモっておけばいいのです。
メモをきれいに取ることも否定しませんが、要は自分がわかればいいので、迷ったらメモに書いて、あとで振り返るときの材料を少しでも増やすように、ガシガシメモに書いてしまえばいいかなと思います。
一度他の人が書いたメモをもとに、筆者に会談の様子を再現してほしい、という仕事を頼まれたことがあります。
しかし、他の人が書いたメモというのは、そこから会談内容を再現するというのは、正直に言うとものすごく難しいことであり、泣く泣くその仕事は受けることができませんと返事したことがあります。
この例からわかるように、メモとは属人的なもの、というかメモとは書いた人がわかればよい、という類の文書なのです。
局の会議は、だいたい三日以内を目途に、メモをもとに清書をして、文章に再現した形(議事録)にして、出席者にこの議事録の暫定版で間違いがないか、お伺いを立てます。役所的に言えば、決裁をもらいにいきます。
ここで時々、「この人はこんなこと言っていない」ということを、議事録に加える人がけっこういます。
その場合は、出席者が架空の発言を追加したように、議事録を修正します。
「メモにはこんなこと書いていない、会議ではこんなこと言っていない、ルール違反だ、言っていないことが書けるか」などと、課のもう一人の一年生(研修生)が納得できない様子になったことがあります。
上司は「議事録というのは、出席者が言っていない発言を追加してきたとしても、その辺は推し測って書くものだ」と言っていました。
今風に言うと、「忖度」といったところでしょうか。
一年生(研修生)の間は、メモ取りは毎日あるような業務です。
大変そうと思われるでしょうが、慣れの部分が多いです。
大概の一年生(研修生)は、Yシャツの胸ポケットにメモ帳とボールペンをしのばせるものです。
首席に呼ばれると「○○大使館へ、先日の援助の申し出については」といきなり、メモを取らなければいけないシチュエーションになったりします。
首席はとても忙しいので、「メモは取れない」「もう一回くりかえしてください」などというようなことは言えません。
がっちりメモして、パソコンで文章を再現してプリントアウトしてみると、立派な電報が一本完成しています。
まさに、首席の職人芸です。
首席の頭の中はすごいなあ、と感心するしかありません。
今は、会議の発言を音声入力してということも、行われているかもしれません。
しかし、メモ取りというのはペンと紙でできる、公務員・社会人ならではの技術です。
メモ取りとは長い付き合いになります。
私も役所でメモ取りを鍛えられて、公務員試験講師業にもメモ取りの技術は活かされています。
気長に、気軽に、メモ取りと付き合っていきましょう。
学園祭はもうすぐでしょうか。
来年受験の方も、学生生活を充実させるべく、学園祭に打ち込みましょう。
1日30分でいいので、公務員試験の勉強も続けましょう。
今年受験の方でまだまだチャンスを待っている方。
今は辛い時間ですが、越年の追加募集、国家一般職の追加のお誘いなど、まだまだ事態は流動的です。
いざというときのために、剣を磨いておいて、勝負の時を待ちましょう。
待つのはつらいですが、こういう経験を通じて、自分という人間の器が大きくなります。
あと、もう少しです。
がんばって。



