Blowing in the Wind 95... -26ページ目

Blowing in the Wind 95...

風に吹かれて、あなたを感じていたい


Blowing in the Wind 95...末広町界隈


$Blowing in the Wind 95...元町 八幡坂


$Blowing in the Wind 95...末広町 二十軒坂


$Blowing in the Wind 95...元町 聖ヨハネ教会





二、三日雪が降っていました

そして被災地でも雪が降ったようです

心が痛みます 苦しいほどに痛いです

3月11日の震災から16日が経ちました

時の流れは速いと感じるけれど

被災地の方々は一日、一日がとても長く感じると思う

言いようのない不安を抱え耐えているのだと思います

多くの方が「今、何ができるのか」真剣に考えている

僕も何ができるのか・・・義捐金や物資を寄付したり

そんな小さなことしかできないけれど

僕は感じる

日本中が同じ想いで、心から安心して生活出来る日が訪れることを

願っていること

みんなの心が一つになっていると思えます

買い溜めや心無いひともいるかも知れません

でもこの空の下、ひとりじゃない

みんな手を繋ぎ、心も繋がっている

頑張ってください

そして頑張ろう



☆以下の記事は不快に思われる場合はスルーしてください☆

本当はね・・・・・
3月11日は僕にとって、とても意味のある日でした
以前からブログを辞めようと思っていて
閉鎖日を3月11日と決め記事を下書き保存しながら閉鎖の挨拶文を書いていました

六年前の3月11日(金)、その日は終日雪の降りしきる大雪でした
その日、長女の短大の卒業式で弟は卒業式に参列することなく
嫁と長女、長男を残し自らの命を絶ったのでした。
ぶら下がっている弟の姿を呆然と見つめ、どうやって床へ降ろしたのか
無我夢中でした
込み上げてくる涙と声にならない言葉・・・これが号泣というのでしょうか

ノートの切れ端に「楽になりたい 楽にさせてくれ」とたったの二行の遺書が
机の上にありました
弟が亡くなったことを嫁家族は誰にも一切知らせて欲しくないと強固にし
僕は従いました。
僕は六年経ってもその約束を守り続けています
親戚や友人、知人にも話したことはありません
年賀状だけは欠かすことなどなかった
でも年賀状を送らなくなって今年で六度目のお正月を迎えました

隠していることへの後ろめたさ、罪悪感というか親戚、友人を
欺いているという気持ちが心にいつも重く圧し掛かっています

いろんなことが重なり、そんなモヤモヤした気持ちややり切れなさから
見失いがちになる自分を取り戻す一つの手段として
自分が自分らしさを取り戻せるのではと長年手にしていなかった写真を再開
そして表現方法としてブログでもやってみようかと始めたのがきっかけでした。

今、もう一度自分自身をリセットするためブログを辞める日を
弟の命日を選んだのですが、震災に見舞われ
知人の安否確認や悲惨な報道を見るにつれ、弟の死に対しての想いと
被災者の方々への想いが重なり感情のままに前回の記事を書いてしまいました

生きるということ・・・心の底から叫びたいのです
人は誰しも一度は「死にたい」とか「死ねたら」とか思うことがあると思います
僕も「死にたい」と思ったことはあります
でも弟と違い意気地なしで弱虫な僕は
「死のう」と思ったことはありません

どんな時も、諦めないで下さい
必ず笑顔で暮らせる日が来ます

人は間違いなく「死ぬ」
死にたくなくとも死は平等に訪れる
被災者の方々はもちろんですが、
生きることを諦めて自ら命を絶つ人が年間3万人もいる
どうか生きることを諦めないで欲しいと・・・・

この先のことはわかりませんが
こんな僕の拙い写真やメッセージが少しでも励みになったり
安らぎになれるのならと
悩みましたが今しばらくブログを続けてみます
そしてブログを辞めようかなと思いだしたころから
ぺタやコメ欄を閉じていましたが開けようと思います

今、自分ができることのひとつです

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