半藤 一利、 保阪 正康「ナショナリズムの正体」感想 | リタイアライフのつぶやき

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65才でサラリーマン生活からリタイア。さて、これから何をしていこうか。ブログでつぶやきながら日常生活を報告。参考になれば幸いです。

混沌とした現代の思想の指針として半藤 一利、 保阪 正康の対談集「ナショナリズムの正体」を読みました。

本の裏表紙には、以下のことが書かれています。

「ナショナリズムと愛国心を歪めたのは誰か?「戦争はイヤだ」としか言わない左翼、「あの戦争は正しかった」と美化する右翼、双方の知的怠慢だ―軍エリートの証言を集めてきた昭和史研究の大家ふたりが、歴史的事実をもとに左右を徹底批判。ヘイトスピーチにも強引な改憲論にも屈せず、ただしく国を愛する方法がわかる。」とあります.

「ナショナリズム」自体よくわからないので調べると「国家という統一、独立した共同体を一般的には自己の所属する民族のもと形成する政治思想や運動を指す用語。」(wikipediaより)という意味です。ますますわからないです。

そこで、この本では、保阪正康氏は、ナショナリズムを上部構造(国家)と下部構造(共同体)に別け、「国家ナショナリズム」とは、政治家や官僚が、国益の守護、国権の伸長、国威の発揚など基準を決める。一方「庶民ナショナリズム」とは我々庶民が、生活倫理、自然との共生、死生観の確立、伝統文化の継承などの中にあるナショナリズムとしました。

上部構造の権力者は、下部構造の「良いナショナリズム」を抑圧し、利用する。戦争中の「国のため」といって玉砕や特攻で若い人を平気で駆り出すことをする。

国家ナショナリズムが庶民ナショナリズムを駆逐してきたことになる。

庶民ナショナリズムを大切にして、「他国の人々の気持ちを考え、尊重して進むことが自分たちのナショナリズムで、上からの押し付けで国益に個人が奉仕するに国になってはいけない」と指摘しています。

例えば、日韓併合は、他国が朝鮮半島を経由して日本を侵略しにくる可能性が大きいため日本に攻めてこないよう自衛の策として併合したといわれてますが、日本による36年の支配の期間、韓国の人たちがどういう思いでいたかを想像しなくてはならないという事です。

相手側を思いやる気持ちが必要だと言います。

持論であります昭和の戦争を検証せず軍拡を叫ぶのは、本物のナショナリストではないと言ってます。

以下、内容の一部を紹介します。

①左翼の人は、「戦争は悪い」というが、戦争がどうやって起きたか教えない。それが先である。

②百田尚樹の歴史観に注文をつけたら、反論してこなかった。彼は、継ぎはぎだらけの知識にすぎないから、きちんと事実を根拠にした批判には、反論できないのです。

③従軍慰安婦の問題は、軍や官憲は関与していなく業者がやったことで国の責任ではないというが、実際に、韓国の女性を苦しめたのは、日本人であり、日本国家であるという事実です。苦しめたという事実に対し、国家は、思いやれるかというヒューマニズムの問題です。

④戦争記念館で泣くことは、意味がない。繰り返さないことが重要である。永遠のゼロは、事実より美学的になっている。日本は、戦争の加害者だった部分があるのに、語る時に抜いてしまう。その方が語りやすい。根本的に間違っている。

⑤日中戦争は、侵略計画もなく場当たり的で無謀で無責任の戦争だった。

⑥偏狭なナショナリストにならない(本当のナショナリストになる)ためには、ある事案があると基本的な文献をまず読み、様々な解釈や考え方を述べた本に目を通す事。多くの書籍、情報源に触れること。

 以上が概略ですがまだ理解が足りない部分があります。他の本も読んでみたいと思います。

 

最後までご覧になりありがとうございます。

 

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